2010年12月29日

半島へ帰れ!このくそ野郎



2009年12月、600人規模で訪中した後、
小沢氏は韓国へ。そして大学の講演にてこの発言。
(1:50から、この発言が始まります。)転載動画です。

小沢は国内では隠している思いを、韓国訪問の時に韓国の大学で講演して、
小沢の知識を披露している。日本の政治家とは思えない内容だ。

その中に、東大教授、江上波夫の「騎馬民族征服王朝説」を取り上げて、
天皇家の出自を朝鮮半島と話している。
この説は共産思想に汚染した思想小説だ。





  古事記で生まれた「宇摩説の古代」

宇摩説では、古事記の冒頭、高天原の成立、三柱の神(天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神)が生まれた時を日本の建国とする。これが高天原時代の始まりである。

高天原時代に、九州勢力であった、神武天皇が東進して、近畿勢力の大戦争目前となり、回避するために、天照大神の援助・支持によって近畿側が折れて、ヤマトに政権を打ち立てた。

以上が宇摩説の基本的解明である。だから、神武天皇が朝鮮半島出身であれば、最初に高天原が西(九州)の配下に異文化勢力を認めないから、九州の勢力の集結は起らない。

また、九州側を立てて、近畿勢力に折れる指示は、共に高天原の配下であった事を示すもので、この辺りの事は、古事記を詳細に読めば明かである。

日本古代は、神話に見られる高天原時代が有って、西日本が直接支配地、東日本は、神道(払いと励まし=卑弥呼の鬼道)・稲作・織物等の指導をしていた。

高天原時代の西日本は、東西南北の四つの地域があって、西の九州・北の中国・東の近畿・南の四国になっていた。今も、「南海道」、「西海道」の言葉が残るのが証拠に一つだ。


これらの日本古代の流れを見ていると、東大・江上の説は、古事記や日本書紀、考古学を無視した左翼思想による妄想・反日小説である事は明確である。





  小沢の反日思考(出自が影響か)

小沢が国内で語らず、韓国で語った小沢の思考が報道されないが、
ネットでは大きな批判を浴びている。先にも取り上げたが、
もう一度忘れないように見返しておこう。



江上の思想創作「騎馬民族征服王朝説」は歴史的事実」は最初から批判が多かった。科学以前の代物だ。


江上の騎馬民族説の細かい点については多くの疑問がある」(『日本大百科全書』)岡田英弘は次のように述べている。「完全なファンタジーであって、なんら史実上の根拠はない。江上波夫が創作した、新しい神話」「騎馬民族説が世間に熱狂的に受け入れられているあいだは、ほかの学者がいくら批判しても、まったく利きめがなかった。(中略)騎馬民族説には何の根拠もないですよ、あれは全くの空想なんですよと言っても、みんな、ふーんと言うだけで、全く耳をかそうとしない。(中略)騎馬民族説が、根拠のないただの空想で、歴史的事実ではないとしても、それが史実ではない、と言うだけではだめなので、もっとよい歴史を提供しなければいけない、といことになる」(『歴史とはなにか』文春新書、2001年)>


小沢売国韓国講演の内容は、小沢の考えが良く判る。
日本は謝罪が必要だ。東大の江波の思想的妄想小説「騎馬民族征服王朝説」を史実と語る。

自虐史観。小沢600人の訪中売国集団
天皇家は大陸から来た江波の学説「騎馬民族征服王朝説」半島出身が日本を征服した。
政治家が韓国で大学生に媚びているのは、大変に問題だ。

 


posted by xxx at 04:37| 売国奴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひふみ神示









日月神示(ひつきしんじ)は神典研究家で画家でもあった岡本天明、1897年(明治3 0年)12月4日1963年(昭和38年)4月7日に「国常立尊」(別名、国之常立神-)と呼ばれている高級神霊より自動書記によって降ろされたとされる神示、神典である。-原文はほとんどが漢数字、かな文字、記号の混じった文体で構成され抽象的な絵のみで書 記されている「巻」も有る。

その難解さから当初は書記した天明自身もほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神 典研究家の協力などで少しずつ解読が進み天明亡き後も妻である岡本三典の努力により、-今では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われている。しかし、一方では神示の中-に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれている箇所もあり解読法の一-つに成功したという認識が関係者の間では一般的で、その為に仮訳と言う副題を添えての-発表も有った。なお、日月神示の構成は本巻38巻と補巻1巻の計39巻から成る。別名 「ひふみ神示」または、「一二三神示」とも呼ばれる。
posted by xxx at 04:01| 日出処ノ天子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国籍は最大の名刺

日本人が海外旅行をする際、ビザを取得せずとも渡航できる国は多い。反面、中国人はビザ取得は非常に困難だというが、この差はいったい何に起因するものだろうか。このブログは日系航空会社で働く中国人が日本人の素養の高さについて綴ったものである。以下はその話題のブログより。
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大学で日本語を専攻した私の友人は、大学卒業後にアモイにある全日空(ANA)支店に就職した。このたび、彼女が出張で北京に帰ってきたため、私たちはしばらくぶりに顔を合わせることが出来た。彼女に仕事面で何が最も感慨深かったかを尋ねたところ、何件かの出来事を話してくれたのだった。

全日空を利用するのは大部分が日本人だというが、ある時、東京行きの荷物を大阪に運んでしまうミスが発生したことがあったという。その荷物の持ち主であった男性は全日空にとっての上顧客であったため、社員たちは緊張した面持ちで男性に謝罪を行ったという。

しかし、男性の反応は予想を裏切るものであり、穏やかな態度で社員たちの労をねぎらう言葉を発したのだという。友人が言うところによると、人は立場が高くなればなるほど姿勢は低くなり、そしてこういう人間こそが本当に成功することが出来るのだと語った。

またある時、空港内でペットボトルを持ちながら走り回っている子供がいたという。彼女は子供に何か助けが必要かを尋ねたところ、その子供は「どのゴミ箱にペットボトルを捨てればよいか分からない」と答えたそうで、このような小さな子供でもゴミの分別という概念を持っていることに驚いたという。

中国人が国外に出ようとしてもビザ取得が非常に難しいのが現実だ。しかし、日本人は同じアジア人だというのにビザの取得は非常に簡単であり、ビザ無しで訪問することが出来る国も多くある。これは日本経済によるものではなく、外国人が日本人の教養・素養を中国人よりもはるかに高く評価していることに起因するものであろう。

人間の素養は行動一つ一つの細かいところに見え隠れするものであり、いくら素養を高いように飾って装っても最後には必ず露見するものだ。人にとって国籍は最大の名刺となると言っても過言ではないだろう。






大陸の中国人が知らない日本


中国には日本に反感を持つ、所謂「反日」の人々が多いと言われている。定かではないが、日本と中国の間では互いの国の正しい情報が伝わっていないことも理由の一つであろう。このブログは日本で暮らす中国人が、中国本土に住む中国人に、自らが体験した日本の姿を伝えるものである。以下はそのブログより。
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私がこのブログを書く理由は簡単で明瞭だ。中国本土に住む人々は日本を全く理解していないか、または理解できていてもある一面のみだからである。ここで私が感じた日本を伝えたいと思う。

まず日本の治安であるが、日本は世界で最も安全な国と言われている。しかし、近年は大陸出身者の増加により、日本の秩序・安全は下降線をたどっている。なぜなら中国人は日本でありとあらゆる悪事を働くからである。例えば、窃盗や詐欺、交通ルールの無視、ゴミのポイ捨てなどを挙げることが出来るが、まさに中国人として面汚しの事態である。

また、日本では物を失くすのが難しいほどである。私が学校に通っていたとき、財布と携帯電話を教室に置き忘れてしまったことがあったが、翌日、教室には私の財布と携帯電話が置かれていたのだった。また、私はこれまで6回も財布を落としたことがあるが、その都度、一円も盗まれること無く私の手元に戻ってきている。ある時などは、財布を落としたことに気付いた日本人が私のところまで走り寄ってきて財布を手渡すと、そのまま去ってしまった。これには本当に驚かされた。

私は風邪で入院したことがあったのだが、入院期間中、学校で共に学ぶ中国人学生はあまりお見舞いに来てくれなかった。中には一度も来てくれなかった人もいたが、私の身の回りの日本人の多くが見舞いに来てくれた。彼らは花やチョコレート、人によってはお金までも持参して見舞ってくれたのだった。

また、私の学校の留学生が住む家が火事になったとき、日本人学生は彼のためにお金や物資を寄付していたのと対照的に、中国人留学生たちは全く無関心であった。多くの留学生たちは日本滞在中に「感動の涙」を流すことがあるが、それは日本には自国では体験できない人間関係があるからだろう。

利己的で冷酷、法を守らず、他人をだますという往年の日本のイメージは存在しない。だから私は大陸の中国人たちに本当の日本を伝えたいと思ったのである。
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(出典:海洋BLOG 意訳編集)

  写真はイメージ。中国で日本に抗議活動を行う人々。(編集担当:畠山栄)




日本を恨むことと愛国はイコールか


中国人は愛国心の強い国民性である。愛国とは一体なんであろうか。中国人にとって、仇である日本人を恨むことと愛国は等しいことなのだろうか。このブログは中国人にとって、愛国とはどういうことなのかを考察したものである。以下はそのブログより。
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正直に言って、私は日本人を恨んでいないどころか、ある分野に関しては日本人を尊敬すらしている。私には「中華民族の仇」など関係ないと思っているし、中国が国力を増強するのは、あくまでも人民の生活水準を向上させるためであり、日本を侵略するためなどでは決してない。

中国人は「日本企業の成功」を受け入れず、「日本人のノーベル賞受賞」も受け入れず、「北京国家体育場の商業利用第一号が日本人であること」も受け入れない。それでは何であれば受け入れることが出来るのであろうか?

中国人は他国からの賞賛や支持しか受け入れることが出来ないのであろうか。多くの中国人は毎日のように、とても賞賛など出来ないことばかりしているというのに、これは矛盾しているのではないだろうか。

日本を恨むことは愛国とイコールではない。「反愛国的」な行為とはどういうことを言うのか。海賊版商品を作ることや汚職行為を「反愛国的」な行為というのだ。ところ構わず痰を吐き、公共物を破壊することを「反愛国的」な行為というのである。
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(出典:浣熊rocky的BLOG 意訳編集)





日中友好への道を歩むためには


中国では幼い頃から日本に対する教育として、南京大虐殺を例に取った殺人や強盗、強姦などのほか、「三光政策(殺光:殺し尽くす、焼光:焼き尽くす、奪光:奪いつくす)」などであり、日本は悪い国で日本人は悪い人々といったものだという。このブログは過去を乗り越えて、日中友好への道を歩むためにはどうすればよいかを考察したものであるが、ブログを見たユーザーからは「頭がおかしいのではないか」といったコメントが寄せられていた。以下はその話題のブログより。
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中国で幼いころから受けてきた日本に対する教育というのは、南京大虐殺を例に取った殺人や強盗、強姦などのほか、「三光政策(殺光:殺し尽くす、焼光:焼き尽くす、奪光:奪いつくす)」などであり、日本は悪い国で日本人は悪い人々といったものであろう。

日中戦争を振り返ってみると、当時の日本は強国であり、中国は弱国であった。日本軍は鉄道を敷設し、鉱山を切り開くなどの建設を手伝った。しかし、彼らが富を得たのを見て、中国人は侵略されたと言い始めたのではないだろうか。

また、ある人は私に「日本人は人を殺した。しかし、戦争というのは人が死ぬものではないだろうか」と言った。世の中には縁のない愛が存在しないように、縁のない恨みも存在しないと思っている。我々はなぜ虐殺が発生したのか、よく考えてみなければならないかもしれない。

私の友人が日本製品のボイコットを語ったことがあった。私は彼に「本当に日本製品を使用するつもりはないのか」と尋ねたところ、絶対に使用しないとの答えが返ってきた。その時、我々は建物の階上にいたのであるが、彼にここまで何できたのかを尋ねたところ、エレベーターを使ったとの答えだった。そして、私がそのエレベーターが三菱製であることを告げると、彼は言葉を失った。

私は日本製品のボイコットなどすべきではなく、日本から学ぶべきだと思っている。歴史はすでに過ぎ去り、いつまでも覚えているよりも忘れ去ったほうがいいことだってある。私は日中友好を心から望んでいるのだ。
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(出典:迷路了BLOG 意訳編集)







日本が最大の援助国だという事実を知って

先日、中国青年報に「日本が存在しなければ、中国の改革開放は現在と異なる結果となっただろう」という趣旨の論表が掲載されるなど、中国では親日的な報道が目立つようになっている。このブログは一連の親日的報道によって、日本が中国にとって最大の援助国であった事実をはじめて知ったというユーザーが自分の考えを綴ったものである。以下はその話題のブログより。


数日前、中国青年報に王錦思氏による「日本が存在しなければ、中国の改革開放は現在と異なる結果となっただろう」という趣旨の論表が掲載され、私の興味を引いた。さらに、日本メディアによる「中国で親日的報道が増えている」との報道も中国ではすでに報じられている。

王錦思氏による論表の主要な点は、「中国の改革開放30年は日本と密接な関わりがあり、トウ小平が1978年に訪日した際に日本をモデルに経済を発展させることを決定した」というものである。論表の中に私が最も興味を持ったデータがあったので、それを紹介する。

30年前、中国の一人当たりGDPはわずか300ドル、外貨準備高は1.67億ドルにすぎず、日本政府より500億円(2.2億ドル)にのぼる借り入れを行った。中国が受け入れた諸外国からの援助額のうち66.9%は日本からのものであり、中国にとって日本は最大の援助国である。また、日本からの援助は鉄道や道路、港湾や空港などのインフラ整備のほか、農村開発や環境保護、医療、教育など多岐にわたって使用されたという。

もしもこれらの数字が事実であるならば、中国改革開放に対しての日本の功は今後とも消える去ることはないだろう。日本による中国侵略戦争や靖国神社問題、尖閣諸島問題など、私は日本人は野蛮で非を認めることのない覇権主義の民族だと思っていた。これは大多数の中国人にとって同様の感覚であろう。

しかし、「日本が中国にとって最大の援助国」との事実を発見し、しばし呆然とする思いであった。これまでにも日本が中国に対して、肺結核の治療を無償で行っている等といった話は聞いたことがあったが、あくまでも聞いただけであり、正確な話ではなかった。ここで疑問なのは、改革開放から30年という時間が経過し、その間も日本は対中援助を行い続けてきたはずであるが、日本が最大の援助国であるという事実は、なぜ今になって公になったのであろうか?

また、つい先日、日本国民の対中感情がかつてないほどに悪化しているとの報道も目にした。以前であれば、日本と中国の間には積年の恨みがあるのだから、日本が中国に好感を持っていなくても何の不思議もないと、特に気にかけることもなかったであろう。しかし、日本が中国にとって最大の援助国であったという事実を知った今となっては複雑な思いがしてならない。


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(出典:慧心无憂的BLOG 意訳編集)







援助はそれだけでは無いのだよ・・・何れにせよ今更遅い


すまんが、日本人は君ら中国人と心底付き合いたいとは・・・









全然全く思っていない!




今日ボクが見た風景



今日ボクが見た風景

どうかこれからも
捏造歴史を信じ反日であり続けてください
posted by xxx at 01:10| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

逆立ちで歩く豚…中国

生まれた時から前足だけ、逆立ちで歩く豚…生命力に驚嘆の声
今日ボクが見た風景

河南省駐馬店市の農村部で飼われている豚が評判だ。生まれた時から後足がなかった。飼い主の王希海さんは「これは、育たないな」と思ったが、数日後から尻尾を上に引き上げてやり、「逆立ちの練習」をさせると、できるようになった。餌を与えると、倒立してやってきて食べる。「命の大切さを教えてくれたんだ。売ることはしない」という。中国新聞社などが報じた(写真)

  王さんは、同市新蔡県化荘郷劉橋村に住んでいる。母豚は2010年1月に9匹を出産したが、うち1頭に後足がなかった。王さんの妻は「不吉だ」と言って捨てようとしたが、王さんは「せっかく生まれてきたんだ。だめなら死んでしまうだろう。生きのびられるかもしれない」と思い、飼うことにした。しかし、ここまで頑強に生き抜くとは思わなかった。王さんは、逆立ちを学んだ豚に「猪堅強」の名をつけた。

  普段は寝そべっているが、餌の入った容器をそばに置くと、前足を使って逆立ちをして歩いてくる。胴体をほぼ垂直にして、上目づかいに前方を見る。王さんによると「美味しい餌を用意して、その気にさせて練習した」という。

  「猪堅強」の体重は約100キログラムになった。これまで、「買いたい」と申し出た曲芸団もあったが、断った。「実際の行動で、命の大切さを教えてくれてるんだ。大金を出されても、売らない」という。

  駐馬店市牧畜局の専門家によると、足がない豚が生まれることは、比較的多い。受精卵の発育不良のためで、一種の遺伝的変異でもある。ただし、逆立ちして歩くようになったのは、豚自身の生存本能と、人による訓練が、うまくかみあった結果だという。(編集担当:如月隼人)



奇形・・・ですね



雲南省で6本足の牛

飼い主「高値つくまで売らない」


雲南省昆明市のニュースサイト「彩龍中国」は1日、同市東川区阿旺鎮岩頭村に住む李国林さんが飼っている6本足の牛を紹介した。

  牛には通常の4本の足以外に、肩の部分に左右に向けて足が2本はえている。ひづめなどもあるが長さは50センチメートルぐらいで地面には届かず、ぶら下がっている。

  牛は1歳半。飼い主の李さんによると、1年前に隣村から800元で購入した。生長すると同時に、肩からの足もみるみる長くなったという。村の評判となり、3万6000元で売らないかと申し出た公園もあったが、さらに高値がつくかもしれないと思い、断ったという。(編集担当:如月隼人)



奇形ですってば



12日付中国新聞社電によると、山東省無棣県の畜産家が11日、角が7本生えている牛を飼育していることを明らかにした。

問題の牛は、通常の角2本の間に、大小5本の角が生えている。たくさんの角が生えた原因は不明で、人々を不思議がらせているという。(編集担当:如月隼人)


今日ボクが見た風景

雲南省昆明市のニュースサイト「彩龍中国」は1日、同市東川区阿旺鎮岩頭村に住む李国林さんが飼っている6本足の牛を紹介した。

牛には通常の4本の足以外に、肩の部分に左右に向けて足が2本はえている。ひづめなどもあるが長さは50センチメートルぐらいで地面には届かず、ぶら下がっている。

牛は1歳半。飼い主の李さんによると、1年前に隣村から800元で購入した。生長すると同時に、肩からの足もみるみる長くなったという。村の評判となり、3万6000元で売らないかと申し出た公園もあったが、さらに高値がつくかもしれないと思い、断ったという。(編集担当:如月隼人)


だーかーらー・・・



posted by xxx at 00:22| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「偽ガンダムの方が格好いい」、「でも意味なし」の声=中国アンケ

中国四川省成都市の遊園地「国色天郷楽園」でこのほど、日本の人気アニメ『機動戦士ガンダム』の等身大像を模倣したとされる“偽ガンダム”が展示されたことに関連して、サーチナ総合研究所(上海サーチナ)が実施したアンケートでは、「偽ガンダムの方が格好よい」とする回答が、「本物の方が格好よい」との意見を上回った。一方で、偽ガンダムを作ることに「何の意味もない」とする見方が、「何らかの意味がある」を上回った。

  「偽ガンダム」はオレンジ色が基調になっている点で、白がベースの「本物ガンダム」と異なる。「国色天郷楽園」は当初「オリジナルのキャラクター」などと主張していたが、本体の肩部分の「WB(ホワイトベース)」などの文字から、日本のガンダムを模倣したとの指摘が強まった。同園は公式サイトでも一時、「高達(ガンダム)」の文字をってPRしていた。同園は22日までに“ガンダム”を布で覆い、撤去作業を始めた。


◆「偽ガンダムと本物のガンダムは、どちらが格好よい?」との質問に対する回答状況は以下の通り(26日午後3時40分現在)

(1)オレンジ色の偽ガンダムの方が格好よい…30.65%

(2)白い本物のガンダムが格好よい…26.13%

(3)分からない…43.22%

◆「偽ガンダムを作ることに、何か意味があると思いますか」との質問に対する回答状況は以下の通り。

(1)何らかの意味がある…22.11%

(2)何の意味もない…35.18%

(3)分からない…42.71%

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◆解説◆
  中国(漢族)の伝統では、最も縁起がよい色は赤。逆に白は葬儀の際に使う色で、あまり好まない人が比較的多い。中国では婚礼を「紅事」、葬儀を「白事」と呼ぶこともある。「本物のガンダム」を評価しなかった回答には、「白よりもオレンジ色の方がよい」との意識があると考えられる。

  色彩についは、中国国内でも民族によって感覚が異なることがある。モンゴル族の場合、原色を好む特徴はあるが、白に対しては「けがれのなさ」の象徴とみなす場合が多く、日本人と似ている。モンゴル族は「漢族は死ぬと(死に装束として)白い服を着る。なぜか。もはや悪いことをしないからだ」などの“ブラック・ジョーク”を語ることがある。(編集担当:如月隼人)

posted by xxx at 00:19| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月28日

【今日のブログ】日本で暮らす中国人が帰国をためらう訳

日本で暮らす中国人が帰国をためらう訳


日本で働く外国人労働者のトップを占める中国人。ある一定期間を国外で生活した中国人たちは中国には帰国したくないという気持ちがあるという。このブログはなぜ、そのような気持ちが芽生えるのかを考察したものである。以下はそのブログより。
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私は今でも、十数年前の日本で暮らした生活を思い出すことがある。旅行で日本を訪れただけでは何とも思わないかもしれないが、ある一定の期間を日本で暮らしてみれば、恐らくはもう帰国したくないとの気持ちが芽生えていることだろう。

日本滞在中、地下鉄から地上へ出てみると雨が降っていたときがあった。私は傘を持ち合わせていなかったのだが、それに気付いた日本人のご婦人が自分が持っていた傘に入れてくれたのである。私達はおしゃべりをしながら歩き、とても楽しく、そしてとても感動したのを覚えている。

中国であれば見知らぬ人が助けてくれるなど思いもつかないことであるうえ、知らない人が近づいてきたら何か企んでいるのではないかと思うことであろう。

外国での生活は物質面で満ち足りているということもあるが、最も大きいのは人間関係だと思う。

煩わしさがなく、静かな生活を送ることが出来るのだ。

中国人同士の人間関係は全て「利害関係」であり、話をするにも仕事をするにも「利害関係」であることを気に留めていなければならないため、非常に疲れてしまう。これこそが日本で生活したことのある中国人が帰国をためらう最大の原因ではないだろうか。







留学していた娘を通じて知った日本の姿


海外旅行をしたことのある人は多いだろう。どれだけ事前に情報を集めても、実際に訪れて初めて知る姿というものがある。このブログは日本に留学した娘を通じて、中国国内のマスコミが報道しなかった日本の姿を紹介するものである。以下はそのブログより。
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高校を卒業した私の娘が、半年間にわたって日本に留学した。娘は初めての環境をすっかり気に入ったようで、留学生活を心から楽しんでいたようだ。親の私はというと、娘を通じてマスコミが報道しない日本の姿を知ることが出来た。

早稲田大学で働く人々は、「学生が就業の機会を提供してくれている」との考えで、非常に礼儀正しく親切に職務を遂行しているという。日本語がおぼつかない生徒に対して、一人の教授が担当するのはわずかに6人の生徒であり、生徒一人一人には助手もつくそうだ。助手は生徒よりも学年が上のボランティアたちであり、日本語の補修のほかに生活上の手助けもしてくれたという。

娘は電車に乗って大学に通っていたのだが、日本の地下鉄は非常に混み合っているものの、非常に秩序があるのだという。皆が出来る限り小さく縮こまり、他の人が乗り込めるようスペースを作り出そうとするほか、車内はとても静かだったそうである。

そのほかに娘から聞いた話で驚いたのは、ご老人が皆元気だということである。娘がよく行くプールの大半はご老人だそうだが、娘が中国から来たことを知った人々は非常に良くしてくれたという。

娘から様々な話を聞いた私が、「まさか日本人が、中国人に対してこれほど友好的にしてくれるとは」と驚いていると、娘は「私はとても運が良かった。出会った人々は皆良い人ばかりだった。悪い人もいるだろうが、私はそのような人に出会わなかった」と答えたのだ。娘の半年間にわたる日本留学は、私達家族に素晴らしい経験をもたらしたのである。


 


国慶節連休に日本を訪れた中国人の感想


中国では10月1日は国慶節と呼ばれる建国記念日に当たる。この国慶節に絡んだ7日間の長期連休を利用し、多くの人々が旅行に出る。このブログは日本を訪れた人が日本滞在で感じたことを述べたものである。以下はそのブログより。
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  10月1日に絡む国慶節の長期連休を利用して、日本に観光旅行に行ってきた。

日本に行くことに関して、友人と争議を醸した。私は、日本は中国を侵略し、その恨みは忘れることは出来ないが、大多数の日本人は善良であり、観光をするのと同時に日本人の先端技術を学ぶことが出来ると主張した。

しかし、友人は観光はあくまでも小さなことで、日本に行くことは日本の経済発展に貢献することであり、感情の上で歴史を容認してしまったら過去に死んでいった同胞は無駄死にになってしまうと主張した。

私達は顔を真っ赤にして言い合ったが、誰も自分の考えを曲げることは出来ず、3人で行く予定であった長期連休の旅行は、結局2人だけの旅行となってしまったのである。

日本を訪れて感じたのは、都市レベルや民衆の人的素質などにおいて、一定の高い水準を保っているということである。たとえば、どこのトイレも清潔であったし、日本人の環境保護意識も非常に高かった。

また、手の込んだサービスや行き届いた関心も印象に残った。ディズニーランドでは多くの障害者の方を目にしたが、車椅子に乗っている人や盲導犬を連れている人も心置きなく遊んでいた。

わずか6日間の滞在であったが、物質的にも思想的にも日本で得たものは多く、行った甲斐があったと言えるであろう。




日本を好きになった中国人とその理由


中国には日本に対して反感を持つ、いわゆる反日派の人々がいる一方、日本の文化等を含め、日本に好意的な感情を持つ人々も存在する。過去の歴史を乗り越え、「仇」であったはずの日本に好意を持ったのはどういった理由からなのであろうか。以下はそのブログより。
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私は日本が好きだ。私を知っている人間は皆、私が日本好きであることを知っているほどである。日本の文化や風習など好きな点はたくさんあるが、どれも日本を好きになった本当の理由ではない。しかし、長いこと考えてみても、なぜ日本を好きになったのか、自分でも良く分からないのである。

私は一体なぜ日本が好きなのだろうか。日本はかつて南京において30万人の同胞を殺した、中国にとっては決して共存することが出来ない「仇」の国であったはずである。さらに、私の曽祖父の母親までも日本軍に殺されているのだ。  

幼少のころから家や学校など、あらゆる生活の中で「日本は中国を侵略した」、「日本人は大虐殺を行なった」、「日本は歴史の改ざんを行なっている」などといった知識を叩き込まれた。

日本に対する知識を叩き込まれるのと同時に、我々は「中華民族および中国文化の素晴らしさ」、「中華民族の精神」、「毛沢東の功績」なども叩き込まれたのであるが、今、私は中国および中華民族が嫌いになってしまっている。そして、逆に日本が好きなのだ。

これは一体なぜなのか、両親や友人はもちろん、私自身ですらその理由は分からない。私が売国奴なのか、それともこれまでの中国の教育に問題があったのか、本当に分からないのである。


posted by xxx at 23:59| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【今日のブログ】日本人と中国人の「人的素質」の差

中国人の「痰を吐く」、「大声で話す」などといった「悪習」は、中国人と直接的な接点がない人にも知られている。08年8月に行われた北京五輪に際し、これら「悪習」を改めるよう、中国政府主導で様々な施策が行われたことも記憶に新しい。このブログは日本に滞在する中国人が日本人の「人的素質」を例に、中国人に「人的素質」を高めるよう提言するものである。以下はそのブログより。
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  長年日本で暮らし、日本人の人的素質と教養の高さを見続けてきた。中国ではどうかというと、毎日のようにテレビや新聞、街頭などで人的素質を高め、礼儀正しくするよう告知しているにもかかわらず、驚くほど効果は上がっていない。

関連写真:そのほかの中国で報道されている日本に関する写真

  日本と比べてみた場合、中国人は物事の分別のつかない子供のようだが、日本は経済面や技術面のみならず、人的素質の面においても世界有数の国だと思う。

  日本人は温和であり、礼儀正しい。自己の利益のために他人を陥れるということもない。交通ルールを遵守し、地下鉄やバスで強引に席を占めることもしないし、話は全て小声でする。また、ホームレスの人であっても、物乞いはしないのだ。

  また、災難や事故、事件が発生しても、日本人は中国人のように感情を爆発させたりはしない。理性を保ち、「殺せ」とか「殴り返せ」といった報復を口にすることは無い。日本人は各々の人的素質が高いのである。

  仕事面においては、露天商から個人事業主、大企業の従業員、百貨店等の販売員に至るまで、勤務態度は真面目で温和、そして非常に礼儀正しい。日本では客と喧嘩をするなどもってのほかである。

  私がこれまでに訪問した国は30カ国を超える。しかし、発展諸国のうち、日本のように人的素質の高い国は他には無く、この点は非常に敬服している。中国における発展も、経済面にのみスポットを当てるのではなく、人的素質にも焦点を合わせるべきで、それができてこそ発達・発展と言えるのではないだろうか。

  反日感情を抱く人々は「抗日」を高らかに叫び、中国を強大な国にすべきと息巻くが、まずは自らの人的素質を高めるべきである。また、このブログを見てもまだ、抗日を叫ぶ人間の素質はきわめて低いと言わざるを得ないだろう。過去の歴史を清算すると同時に他人の進歩と美点を認め、美点は学び取るべきで、これは売国の行為でもなければ、それをしたところで売国奴でもないのである。
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(出典:bzwymBLOG 意訳編集)






【中国ブログ】「感動を与えてくれた」砂漠で植樹活動を行う日本人


中国人ブロガーの云中漫歩(ハンドルネーム)さんが自らのブログで、内モンゴル自治区の砂漠で植樹活動を行う日本人を取り上げ、「感動を与えてくれた日本人」と評価している。

  内モンゴル自治区のホルチン草原は砂漠化が進み、今ではホルチン砂漠とも呼ばれるほどになってしまった。しかし、2000年から一人の日本人男性が率いる団体がホルチン砂漠の緑化作業に取り組んでおり、砂漠に350万本の木を植えることによって1667ヘクタールの緑地を取り戻すことに成功したという。

  ブロガーは団体を率いる日本人男性について、「中国で植樹し、中国語を話し、中国で妻を娶り、素直で良識があり、勇敢で執着心のある日本人だ」と評価する。また、男性が植樹を始めた当初、現地住民からはなかなか活動の意義を理解されず、金銀財宝を捜しに来た、石油を掘り当てに来たなどといった噂(うわさ)も流れたという。

  ブロガーによると、現地住民も日本人男性とふれあいを続けるうちに、「現地に住む人間として、日本人よりも努力しなければならない」という気持ちになったという。メディアを通じて日本人男性とその活動を知ったというブロガーは、「日本に対する複雑な感情は突然消え去り、日本人男性から受けたあたたかい気持ちが心に刻まれた」と語る。

  続けてブロガーは、「日本人がわざわざ中国へ来て緑化作業を行っていることを思うと、われわれ中国人はもっと多くの木を植えることで砂漠化を防ぐ義務がある」と語り、中国にも日本人男性のような優秀な人物が多く現れることを望んでいると綴った。(編集担当:畠山栄)






日本人の「心遣い」に感動!「国家の品位だ」


中国では「他人に対する親切」も、大きな問題につながってしまう可能性があるという。2006年11月、南京市に住むある青年がバス停で老人が倒れているのを発見、起こしてあげたうえに病院にまで連れて行った。

  検査の結果、老人が骨折していることが判明すると、老人の家族は「骨折したのは青年がぶつかってきたためだ」と訴え、青年は数万元(1元=約13円)の治療費を支払うよう要求されるという事件が発生した。裁判の結果、青年は1万元(約13万円)を支払うハメになってしまったという。

  また、先日は一人の青年が落ちていたお金を発見したものの、落とし主との間で何らかのいざこざに巻き込まれることを恐れ、拾い上げるたり交番に届けたりすることをせず、警察を呼びよせ、警察が現場に駆けつけるまでひたすらお金を見張っていたという事案が発生している。

  中国では「親切が仇(あだ)となって返ってくる」という事件が頻繁に起きるため、他人に対して親切心をもって接することが難しくなっている。これに対し、日本在住の中国人ブロガー、沫沫さんが自らのブログに「日本で感動したこと」と題する文章を掲載している。

  文章によると、沫沫さんの息子が修学旅行で広島へ行った際、持って行った家のカメラをどこかに忘れてきてしまったという。宿泊したホテルに問い合わせても紛失したカメラは見つからず、そのまま1週間が経過してしまったそうだ。修学旅行のスケジュール表を見ながら記憶をたどり、広島郷土資料館に電話をしてみたところ、紛失したカメラが保管されていたという。

  ブロガーが先方に住所を伝えると、先方が送料を負担したうえで送付してくれたそうで、その梱包(こんぽう)も非常に丁寧だったという。さらに箱には一通の手紙が添付されており、「資料館に来館いただきありがとうございました。ここにカメラをお返しいたします」と書かれていたという。

  この日本ならではの心遣いに対し、ブロガーは「日本の至れり尽くせりのサービスや心遣いに、私は何度も感動を覚えたものだ。今回のカメラの一件がその典型的な例だろう。日本ではこうした心遣いは珍しいことではなく、優れた心遣いは日本という国家の品位だと言えよう。私が今回の件をブログにしたためたのは、中国でもこのような心遣いが見られるようになることを願っているためである」と結んでいる。(編集担当:畠山栄)






「これが本当の日本人か!」人民の信頼得た日本人


多くの人々が犠牲になった四川大地震から1年が経過した。このブログは被災地域でボランティア活動を展開し、被災地域の人民や政府の信頼を勝ち取った日本人男性を讃えるものである。以下はそのブログより。

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  2008年5月12日、四川大地震が発生した。地震発生からわずか三日後、被災地域に駆けつけ、1年にわたってボランティア活動を展開している日本人がいる。

■「四川大地震」に関する写真(1797件)

  この日本人は神戸市にある特定非営利活動法人『CODE(海外災害援助市民センター)』に籍を置く41歳の男性だ。彼は震源地の北川県に拠点を置き、朝から晩まで辛い仕事に従事している。

  北川県で働く医師は当時を振り返り、「当時、日本人に対しては抗日映画に出てくるような残忍な印象しかなかった」と語る。しかし、日本人男性の泥にまみれて黙々と働く様子を見て、「これが本当の日本人なのか」と見方が変わったという。その医師には地震後に生まれた孫がいるそうだが、その孫の幼名に日本人男性の名を授けたという。

  2009年4月、CODEは診療所を兼ねた総合活動センターを建設するプロジェクトのスタートを決定した。CODEの日本人男性は「被災地域をどのように再建するか、被災者と共に考えて行きたい」と今後もボランティア活動を継続することを表明した。

  活動するためには中国政府からの承認を得なければならない非政府組織(NGO)が相次いで被災地域から撤退する背景の下、その日本人は被災地域の深くまで入り込み、被災者たちの傍らで彼らの声を聞きつづけ、被災者と政府の双方からの信頼を勝ち取ったのである。(編集担当:畠山栄)





中国から見た日本「恐ろしい日本人に学べ!」


1994年、広島で開催されたアジアオリンピックの閉会式終了後、スタジアムにはゴミ一つ落ちていなかったという。これについて世界中の主要紙が「恐ろしい!」と報じた。このブログは日本人が恐ろしいと評される理由を挙げ、日本人に学ぶべきと提言するものである。以下はそのブログより。
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  私はこれまでに一人の日本人とも接触したことが無く、日本人に対しても好印象は持っていない。私の日本人に対する理解は年長者から聞いた話や本や映画、テレビを通じて知ったことばかりである。

  2005年4月、深セン市で日系スーパーが開店したその晩に見るも無残な姿に破壊されたのを見たことがある。私は中国の中部地域の小さな街に住んでいるが、このような街でもトヨタやホンダの車が破壊されるという事件が発生したこともある。

  私もかつては「日本製品のボイコット」という概念を持っていた。しかし、日本製品は使ってみるととても便利で、考慮が細部にまで及んでいる点が使用者に温かみを与えている。日本製品の質の良さとコストパフォーマンスを考えると、私にとって「日本製品のボイコット」は到底できるものではない。

  書籍「醜い中国人」の作者、柏楊氏はかつて、「日本人は一人だけであれば虫のような存在だが、三人集まれば龍になる」といったことがあるが、これの正反対の存在が中国人である。感情抜きで日本人を見れば、我々中国人に欠けている多くの美点を日本人の中に見出すことが出来るだろう。

  1994年、広島で開催されたアジアオリンピックの閉会式終了後のことだった。スタジアムには閉会式を見るために6万人が集まったが、彼らが去ったあとにはゴミ一つ落ちていなかったという。これについて、世界中の主要紙が「恐ろしい!」と報じたものである。

  95年に阪神大震災が発生した際、ある銀行が被災者向けに無担保・無利子の融資を行った。融資の条件は名前と連絡先を記載することだけであったそうだが、この融資を受けた全ての被災者が返済したという。こういった部分こそが日本人は「恐ろしい」と言われる所以であろう。

  過去の日本人に対する感情を持っているため、我々は今日の日本人の姿を正しく捉えられていない。私は感情的になって日本人を恨み続けるよりも、冷静になって日本人に学び、自らを向上させるべきだと考える。敵であろうと味方であろうと、優れている箇所は学び、取り入れるべきだ。報復のための最も良い方法は相手よりも優れる存在になることである。
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(出典:熟女第三空間博客  意訳編集担当:畠山栄)










posted by xxx at 23:50| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

欧州でアフリカで「ひどく嫌われる中国人」…祖国の政府「なぜだ」

中国政府・僑務弁公室はこのほど、国外における中国系住民のイメージを扱ったリポート「海外同胞の文明的イメージを樹立するための調査研究」をまとめた。経済分野におけるルール無視や生活面での悪い習慣が中国系住民のイメージを損ねているなど、「嫌われる理由」を分析した。

  中国系住民のイメージが特に悪いのはイタリア、スペイン、フランス、英国、南アフリカなど比較的発達した国で、最近になり中国系住民が増えたという共通点があるという。

  同リポートは、「中国系住民はグループ同士での“内輪もめ”を激化させている」、「現地社会に溶け込むことも不十分」とも指摘。「少数の人間の犯罪行為が、中国系住民全体のイメージを著しく傷つけることになる」と論じた。

  リポートは一方で、「かつて生きるために海外に渡った中国系住民は、みずからの忍耐強い努力を続けた。現地に根づき、生業では絶え間なく発展を続け、素質そのものを向上させてきた。法律概念も高め、現地社会にも貢献するようになった」と指摘した。

  世界全体での中国系住民について、「中国の発展と国際的な影響力の向上にともない、急速に地位が向上」、「経済的実力を強め、素養も高い新たな中国系住民のイメージが形成されつつある」と楽観的な見方を示した上で、「一部の国と地域で、中国系住民のイメージは再び、危機的状況になっている」と警戒した。

  中国外交部領事局の魏葦局長は7月、「国外で中国系住民に絡むトラブルが発生した場合、かなりの案件が、中国系住民自身が招いた問題だ。否定できない」と述べた。主な問題点は「個人また中国系企業には法律意識が欠けており、商業道徳に違反する。現地社会ときちんとした関係を構築することができず、現地の風俗習慣にも無頓着。管理が粗暴で現地人従業員をないがしろにする中国系企業もある」ことなどという。

(編集担当:如月隼人)

posted by xxx at 23:33| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

菅首相談話全文…韓国「植民地支配」で謝罪、文化財返却を表明

日本国政府は10日午前、韓国併合(植民地化)にかんする菅直人首相の「首相談話」を決定した。「歴史に対して誠実に向き合いたい」、「自らの過ちを省みることに率直でありたい」、「痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明」などと、謝罪の意を示した。日本統治機関に朝鮮総督府を通じて日本にもたらされた朝鮮王朝の図書も返還したいとの意向を示した。全文は以下の通り。

**********

内閣総理大臣談話    平成22年8月10日

  本年は、日韓関係にとって大きな節目の年です。ちょうど100年前の8月、日韓併合条約が締結され、以後36年に及ぶ植民地支配が始まりました。3.1独立運動などの激しい抵抗にも示されたとおり、政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。

  私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います。痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることはできないものです。この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします。

  このような認識の下、これからの100年を見据え、未来志向の日韓関係を構築していきます。また、これまで行ってきたいわゆる在サハリン韓国人支援、朝鮮半島出身者の遺骨返還支援といった人道的な協力を今後とも誠実に実施していきます。さらに、日本が統治していた期間に朝鮮総督府を経由してもたらされ、日本政府が保管している朝鮮王朝儀軌等の朝鮮半島由来の貴重な図書について、韓国の人々の期待に応えて近くこれらをお渡ししたいと思います。

  日本と韓国は、2000年来の活発な文化の交流や人の往来を通じ、世界に誇る素晴らしい文化と伝統を深く共有しています。さらに、今日の両国の交流は極めて重層的かつ広範多岐にわたり、両国の国民が互いに抱く親近感と友情はかつてないほど強くなっております。また、両国の経済関係や人的交流の規模は国交正常化以来飛躍的に拡大し、互いに切磋琢磨(せっさたくま)しながら、その結び付きは極めて強固なものとなっています。

  日韓両国は、今この21世紀において、民主主義や自由、市場経済といった価値を共有する最も重要で緊密な隣国同士となっています。それは、2国間関係にとどまらず、将来の東アジア共同体の構築をも念頭に置いたこの地域の平和と安定、世界経済の成長と発展、そして、核軍縮や気候変動、貧困や平和構築といった地球規模の課題まで、幅広く地域と世界の平和と繁栄のために協力してリーダーシップを発揮するパートナーの関係です。

  私は、この大きな歴史の節目に、日韓両国の絆がより深く、より固いものとなることを強く希求するとともに、両国間の未来をひらくために不断の努力を惜しまない決意を表明いたします。

(編集担当:如月隼人)


菅首相の「靖国神社に参拝しない」発言、中国で歓迎・期待の声

中国新聞社は15日、日本の共同通信社電を引用して、菅直人首相が同日の参院本会議で、「首相在任中に靖国神社に参拝するつもりはない」と発言したと報じた。同記事に対して中国のインターネットでは、歓迎や期待を示す書き込みが集まりはじめた。

菅首相は、A級戦犯が合祀(ごうし)されている問題などから、首相が閣僚が公式参拝することに問題があるとの考えを表明した。中国新聞社は菅首相の「個人的には何度も参拝したことがある」との発言部分は伝えなかった。

  中国新聞社の記事を転載した中国の大手ポータルサイト・新浪網には、菅首相を歓迎するコメントが集まり始めた。これまでの首相以上に、中日関係を注視してほしいとの期待を示す書き込みもある。菅首相は庶民出身なので、靖国神社問題で圧力がかからないのだろうとする見方もある。(編集担当:如月隼人)


posted by xxx at 23:28| 売国奴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【韓国ブログ】菅首相の自衛隊派遣発言にブロガーたちは怒りの発言

菅直人首相が朝鮮半島有事の際、在韓邦人救出のため自衛隊による現地派遣を検討するとの発言が、韓国で大きな波紋を広げた。韓国メディアは「私たちは『自衛隊朝鮮半島派遣』発言を聞き流してはいけない」、「韓国人の感情を無視した浅はかな発言」などと批判的に報じた。

  韓国人ブロガーのラウレンシオ(ハンドルネーム)さんは、菅首相の発言を「今年、もっともあきれた、利己的な意見」と批判した。筆者は第二次世界大戦当時、日本は生体実験や従軍慰安婦など、侵略した周辺地域で残酷(ざんこく)な行為を繰り返したと主張。「その行為を指示したのはまさに大日本帝国であり、その象徴は『旭日旗(きょくじつき)』だ」と述べ、旭日旗に対してデリケートな反応を示した。

  「ハーケンクロイツはドイツをはじめヨーロッパで厳しく規制されているが、日本の軍国主義の象徴とも言える旭日旗はどうか?」とナチスが党旗に使用したハーケンクロイツとを比較し、「旭日旗は韓国や中国など、日本に占領された国では当然タブーだが、日本はいまだに海上自衛隊や陸軍自衛隊が使用している」と指摘。旭日旗を使用する自衛隊の朝鮮半島派遣は、絶対にあり得ないことだと論じた。

  Dimones(ハンドルネーム)さんも、自衛隊の派遣に反対する。「第2の朝鮮戦争が起きた場合、戦争にかかわった国は勝利した際の戦利品を狙うだろう。戦利品を受け取るためにも軍隊派遣は必須であり、菅首相による自衛隊派遣発言もそのような脈絡から出たものだろう」と述べる。「もし第2の朝鮮戦争が起きたら日本は何を狙うのか」とし、竹島(韓国名:独島)を約束するのではないかと心配そうに述べた。(編集担当:新川悠)

posted by xxx at 23:24| 韓国・朝鮮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【仏国ブログ】日本は、中国や韓国と違ってヨーロッパのよう

フランスでは、島国で歴史的にも外交をしていなかった時期がある日本は、アジア圏の中でも独特の文化があると考えられているようだ。現在、韓国に滞在中だというフランス人女性のブログ「8months 12hours」では、韓国から日本を訪れて見た、日本と日本人の印象について記している。

  まず日本を訪れて、日本が大好きになったとつづる。筆者が出会った日本人はにこやかで、礼儀正しく、他人に対する敬意や環境を守る意識が高く、街のいたるところが清潔であり、日本文化が日本人の美意識に結びついている様子だったと記している。

  筆者は、日本は韓国や中国とは異なり、ヨーロッパのようだったとつづり、フランス人の筆者に無遠慮な視線が集まらなかったことを筆頭に、スーパーマーケットでも、外国製品が多くあったと説明している。

  日本は、筆者がこれまでに訪れた国の中では「ノルウェー」に似ていると感じたようだ。例として、基本的に屋外でも喫煙が禁止、ゴミの分別が徹底されている、交通機関では携帯電話の通話が禁止などさまざまな規則があり、日本人もノルウェー人もそれらを守っているという。さらに物価が高いことも共通していると記している。

  フランス人である筆者にとって、暮らしやすそうだと感じた日本だが、同時に大阪や京都で見た日本式の建築物の美しさや、穏やかな雰囲気に大変魅力を感じており、日本に対して「恋に落ちたよう」だとつづり、ブログを締めくくっている。(編集担当:山下千名美・山口幸治)

posted by xxx at 23:18| 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【中国ブログ】中国人から見た日本と韓国の違いは?

中国人にとって、日本人と韓国人はどのように違うのだろう。中国人ブロガー「クン子」さんは、「日本人と韓国人はどう違うか」をテーマに文章を書いている。それによると、日本に対しては侵略された恨みを抱きつつも、優れた点は見習うべきライバルとしている一方、韓国に対しては「サッカー以外はすべて中国以下」と完全に見下しているようだ。まずはその内容を見てみよう。以下引用。

  日本人について言うと、中国は日本に対して深い恨みの念がある。もし日本と戦争することになったら、中国人は自分の生命を犠牲にしてでも戦う。だが日本は中国にとって最大の敵であると同時に、敬うべきライバルでもある。だから日本のことは常に注目する必要があるし、優れた点は学ばなくてはいけない。

  日本の政治は矮小(わいしょう)なもの。それ以上の説明は不要。

  経済については、日本は世界第2位の地位を占めている。2010年中に中国に抜かされるだろうが、敗戦国であったことや国土や人口の規模から考えると、やはりすごいことである。(※このブログは中国のGDPが日本を追い越す以前に書かれていたもの)。

  また、日本文化は中国文化を基礎にしているが、そこから特色ある独自の文化を築き上げた。東洋文明の中でもはっきりした特徴を持っている。

  軍事面では、日本本土内に米軍の駐留を必要としているが、これまでの軍事的な歴史を考えると日本は非常に強い。かつて、東アジアから南アジアにかかる全域を占領しかけていたのである。

  科学技術の面でも非常に発達しており、電子機器や重工業の分野のレベルの高さは世界的にも認められている。日本産ロケットH2の水準も高い。

  大日本帝国の「大」の字は、当時の経済レベルと戦争で戦績に基づいて名づけられたものだろう。だから日本に対しては、鮮血でもって対抗しなくてはならない。もしも日本と戦争することになったら、私は迷わず軍隊に入る。そして、できることならオレの銃剣をチビの日本兵の胸ぐらに突き刺してやる!


韓国人に対しては特に恨みも何もないし、韓国と戦争をする可能性もないだろう。なぜなら韓国は弱すぎるからだ。ここが日本との最大の違い。サッカーがうまいのを除いたら、中国とは何もかも比べ物にならないほど弱い。にもかかわらず、韓国は中国に対して妙な優越感を抱いているらしい。理解不能である。

  経済面では、韓国経済は広東省1コ分程度。金持ちの人数も、中国は韓国の3倍はいる。政治面では、中国は国連安保理の常任理事国だ。韓国は国連事務総長が1人いるだけ。

  歴史や文化の面では、中国は西欧文明に匹敵する文化を単独で築いてきたが、韓国には「韓流」とかいう薄っぺらなものがあるだけ。

  科学技術で言えば、中国は製造業の国として世界的に有名だし、中国のロケットは有人飛行を成功させた。一方韓国のロケット「ナロ」はまだ100グラムの荷物しか積んでいないし、心臓部の発動機は外国製、しかも打ち上げに失敗してばかり。まあ、いつか打ち上げに成功したらキミたちはやっと地球から出て行ってくれるってことかな。

  軍事面では、自国の安全をすべてほかの国にゆだねているような国を、「国家」と呼べるのだろうか。日本も敗戦直後はやむなくそうしていたが、まあでも日本人は日本刀の扱いがうまいから、いざとなったら自害して自分で自分の男性器を切り取ってしまうのだ。韓国人にはそういう特技は何もない。

  こんな弱い国が「大韓民国」なんていう名前をつけているのはなぜなんだ? 日本とかイギリスとかと比べて、いったい何が「大」なんだろう。韓国人に対しては恨みとかではなく、むかつきしか感じない。


(引用おわり)


「日本刀で男性器を自ら切除する」というは、切腹と宮刑(男性器を切除する刑罰で、古代中国で行われていた)がごっちゃになった誤ったイメージであろう。しかしいずれにせよ、ブロガーは日本に対して敵意と同時に尊敬の念も抱いているようである。

とはいえ、別の中国人ブロガー「Jungle」さんは「韓国人の礼儀正しさは中国以上」というタイトルで文章を書き、「韓国人は年上に対する礼儀正しさは、尊敬に値する」と称賛している。

韓国人に対する中国人の評価も、やはりさまざまに分かれるようだ。(おわり 編集担当:西谷格)

posted by xxx at 23:10| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

竹島問題

「直ちに撤回を」韓国が竹島問題で

防衛白書の「固有領土」に遺憾

平成22年版 日本の防衛白書で「固有の領土」と明記。それをを受け韓国外交通商省は遺憾の意を表明した。


今日ボクが見た風景

竹島(たけしま)は、日本海の南西部にある島で、北緯37度15分、東経131度52分に位置する。日本の住所は島根県隠岐郡隠岐の島町竹島官有無番地。大韓民国の行政区分では慶尚北道鬱陵郡鬱陵邑獨島里に属する。

1905年(明治38年)1月28日、日本政府は島根県隠岐島司の所管の竹島と閣議決定した。

1952年(昭和27年)1月18日、大韓民国大統領李承晩が自国の支配下にあると一方的に宣言し、占領すると同時に近海を含む李承晩ラインを設定。

1965年(昭和40年)6月22日の日韓基本条約締結までに韓国により、このラインを越えたことを理由として日本漁船328隻が拿捕され、日本人44人が殺傷され、3,929人が抑留された。現在も韓国側が武力によって占有しているため、日本との間で領土問題が起きている。



日本政府は国交正常化以前(1954年9月25日)には、口上書を提出し、国際司法裁判所に付託することを韓国側に提案したが、当時の韓国政府はこれを拒否している。また、1962年3月に行われた日韓外相会談の際に、日本の小坂善太郎外務大臣が国際司法裁判所に付託することを韓国側に提案したが、やはりこの時も韓国は拒否している。なお当時韓国は国連に加盟していなかったが、加盟していない国でも原理的には国際司法裁判所に付託する事が可能である。(加盟は1991年)。

しかし1965年に国交が正常化して以降2008年現在にいたるまで、実に40年以上、日本側も国際司法裁判所への付託を提案していない。

ただしそれ以外の件に関して、日本側は、年に一度程度、竹島問題に関する抗議文書を韓国側に送っている。



ソウル市の大学で英語教師を務めるビーバーズ氏は、日本政府が竹島を島根県に編入した一九〇五年以前、韓国の文書や地図に独島の表記がなく、韓国側が独島の古名は古文献や古地図に記されている「于山島」と主張していることに着目。

 その上で、韓国側の領土説の根拠を覆すことを証明した資料として寄せたのが、竹島の北西九十二キロに位置する韓国・鬱陵島を描いたソウル大学奎章閣が所蔵する古地図の三枚。
 このうち年代不詳の地図では、鬱陵島の東側に描かれた小島に「所謂(いわゆる)于山島」「海長竹田」と書かれている。「海長」は竹の種類を指すとみられ、于山島は竹が生えない不毛の岩の塊の独島ではないと指摘した。

 一八三四年の地図については、韓国の距離の単位である十韓国里(一里は〇・四キロ)の目盛りがあることに着目。于山島を示す「于山」は鬱陵島の東岸四キロで、距離的に独島ではなく、鬱陵島の付属島の竹嶼とした。

 竹島問題に詳しい国立国会図書館の塚本孝参事は「韓国在住者ならではの調査に基づく新たな発見を含んでいる。特に『海長竹田』と書かれた地図は、于山が独島でない証拠として貴重」と評価した。
 ビーバーズ氏は、「竹島の日」条例制定を機に韓国国内で反日感情が高まったことに疑問を抱き、竹島問題を研究。インターネット上で成果を発表している。



今日ボクが見た風景

今日ボクが見た風景




posted by xxx at 22:36| 韓国・朝鮮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉兆




『木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様からの神示』より

天皇家 神世の時、始めに神の作られし国なるは日本なり。
大和の国なり。
神の言葉を許されし、言葉も姿も一番神に近しい民族なる。
神は太古の昔、人と共にありき。
人の幸せに役立つように様々な神の教えを伝えん。
人は神に感謝を捧げ、神に仕えたる。
時が経つにつれ、人の中に我が芽生え神との縁を切り、
離れる者も-現れ始め、それゆえ、神との間を繋ぎゆく人間の長を選ばれり。
そが天皇家の元となりたる一族なる。
神の伝え、神の御意図を人に伝え、国の繁栄、人々の幸せ祈る役割-の一族なる。
神に選ばれし一族なり。
人々の尊敬と信頼集め、日本の長となりて日本を支えるなり。
一族の中にても最も神に近しき者が天皇なり。
天皇家も今は象徴とされ飾り物なれど、神との交信の力は残りぬる-。
天皇家ありての日本なり。
天皇家滅びるなれば日本国も滅びるものなり。
日本は天皇を長とし、神との交信為し、神と共に生きるを許されし-民族なり。
神に一番近い国なるは事実の事なり。
今の世、人の心から神は忘れ去られ、それどころか神への偏見、軽-視、神なぞ信じぬと申す者あり。
今の天皇家の姿はただの象徴なりて、人の言いなりにて意志も通ら-ず、
このままなれば、やがて地球も滅びん。
戦後、飾りとされた天皇家は現代の風潮に飲み込まれ、天皇家とし-ての威厳を忘れ、過つなり。
宇宙の摂理もおかさん。
されど神は許され、奇跡を起こされん。
天皇家滅ぶは日本の未来無きゆえなり。
今の日本は混乱の時なり。
全て原因結果の法則によるものであるこ-とを忘るるなかれ


$今日ボクが見た風景
2006年5月25日 パステルカラーに彩られた雲「彩雲」が観測された。これからおこることの吉兆



小泉内閣時、女性天皇容認、
皇室典範改正の雰囲気が色濃くなって-いたあの時期に悠仁様の御生誕・・・
やっぱ何か「もってますね」
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$今日ボクが見た風景
2006/09/06 秋空染める双子の虹 帯広


悠仁親王殿下のお生まれになった日をよく見てみると…
日本皇紀では2666年、6が3つでミロク。
平成18年は3×6のこれまたミロク。
また9月6日は9と6で陰陽和合を象徴する日。
…偶然にしては出来すぎています。




花言葉は「愛国心」
他には「勝利」という意味もあります。



$今日ボクが見た風景
名古屋市中区の「ランの館」で、秋篠宮さまが手植えされたラン
「プリンセス・キコ」が、紀子さまの懐妊が明らかになった直後に偶然開花


静かに明くる夜の帳(トバリ) 瑞雲(ズイウン)こむる大八洲(オオヤシマ) 
朝日(アサヒ)直射(タダサ)すこの国に 今喜びの声満ちて 
日嗣(ヒツギ)の皇子(ミコ)は生(ア)れましぬ 日嗣の皇子は生れましぬ

「奉祝歌」より

posted by xxx at 21:47| 日出処ノ天子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魂を売った日本人

戦後GHQはイギリスをはじめフランス、オランダ、アメリカがインド、インドシナ、南洋諸島などを侵略し、しかも人間扱いしない残虐の限りをつくしてきた悪行を歴史から都合よく消すために都合の悪い図書を焚書した。彼らがアジアで征服できなかったのは日本だけだった。その日本が大東亜戦争で負けたことを利用し、アングロサクソンや中国自体の悪をすべて日本に擦り付けてしまった。戦後教育で日本が悪いことばかりしたと教えられた人達は是非とも読んで欲しいものだ。そうでないとあの戦争で亡くなった自分の父も含めて300万人日本人がうかばれないし、これからの日本がどうにもならないことになってしまう。あの戦争は日本の侵略戦争などでは決してないどころか、その全く逆であったことがよく分かる。自分が子供の頃鬼畜米英と教えられていたが、まさにそれが当時の実態であったと、今更のように思う。決して現在のパラダイムで判断してならない。この本の中に「敗走千里」という中国人が書いて日本に原稿を送り日本で出版してもらった本が紹介されている。これを読めば南京事件が嘘であることがよく分かる。当時の中国国民党軍は前線で戦わせる兵隊を退却させないために後から見張っている督戦隊という部隊が平気で自国の兵士を容赦なく撃ち殺したことが生々しく書かれている。死体の山ができたそうでこのことが南京事件の真相である。つまり日本軍がやったのではなく国民党軍がやったことなのである。日本の軍隊は蒋介石も感心するほど規律正しかったので虐殺などする筈もない。敵の兵士が日本軍の捕虜になったほうが命が助かるのでよいと思っていたほどである。当時の中国軍はかき集められた農民がほとんどなので戦う意志など全くなく、はじめから逃げることを考えていたようで、軍服の下に逃げる時のために更衣を着込んでいた。逃げ延びると匪賊となって自国民を虐殺、掠奪を平気でやった。古代からずっと続き、今も蛇党が同じことをしている。ところで、本題の「南京の真実」が2年ほど前に映画化したということで大変楽しみにしていたが、その後一向に音沙汰がない。多分中国を刺激するからという理由で上映禁止にされたのだろう。それと同じことが過去にあったことを思い出した。「氷雪の門」という映画があったがたまたま私は特別試写会を見る事ができたが、その後一般公開されることはなかった。このときもロシアを刺激しない配慮を優先してしまったからである。内容はソ連が不可侵条約を一方的に破棄し、こともあろうにすでに降伏した日本の樺太を侵攻し、白旗を掲げた日本兵を問答無用で銃殺し、電話交換の女性たちを犯し、多くの日本人を殺した蛮行を描いたドキュメンタリー映画である。いま話題の「ザ・コープ」どころの話ではない。何故に日本だけがあらぬ悪者にされてまでも相手の機嫌ばかり伺わねばならないのだろうか、全く理解に苦しむばかりである。何故日本人は真実の歴史を知ろうとしないのか、また何故こうまで自虐的になるのか私には全く理解ができない。公共放送のNHKまでが嘘ででっち上げた自虐史観を放送するのだから全く許せないことだ。戦後の日本人の敵はGHQに魂を売った日本人なのかもしれない。また今の民主党政権はこんなことを知ってか、知らずか日教組の方針で、更に情けない日本にしようとしている。
posted by xxx at 15:24| 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ある中国人のつぶやき

知りあいの日本人は30年前に、中国に行った事がある。今年、再び中国へ訪問し、日本に戻ったとき、「中国人は変わった」と語っていた。日本人は相変わらず中国人に対する認識が甘いね。百年以来、中国人の本質は実に一度も変わった事がない。中国は昔から強盗国家である。中国の文化は強盗と暴力団の文化。中国人の頭の中に、法律や、ルールはない。火事場どろぼう、「水に落ちた犬は叩け」は中国人にとって当たり前のことだ。しかし、日本人は中国人に対する認識が甘すぎる、アジア思想を持つ大勢の日本人は昔から「日支友好」に騙されている。一世紀以来、世界中で一番中国人と友好を望んでいるのは日本人である。その「友好」実現するために、日本人が中国人に対して行った恩恵は山ほどあり、数えられない。

なぜ日支戦争を起こしたのか、それは全て中国人のせいである。日支戦争は中国方面がわざと引き起こした戦争である。日本はただ不幸にも中国人に利用され、中国人の内戦に引き込まれただけ。侵略戦争なんかとんでもないことである。

この観点に対して、一部のサヨクの人間は「日本軍は何のために中国に行ったのか?ボランティアに行ったのか?」と風刺する。サヨクの人間の考えは当時の時代、歴史背景、シナ人の民族性などの客観的な事実を一切無視している。日本軍が中国にいった背景は日清戦争、日露戦争の結果である。当時、シナは軍閥混戦の時代、各勢力も、日露戦争後、国際条約で中国で駐屯した日本軍の軍力を利用しようとした。清朝の末代皇帝 溥儀は、彼らの故郷の満洲で復国するため
日本の援助を求めた。そして、日本軍は彼を助け、軍閥張作霖父子の勢力を追い出し、1932年に満州国の建国を成功させた。また、孫文は日本東京で同盟会を設立し、日本の経済、軍事の援助を得るために、日本政界、軍部へ必死に遊説していた。そして、孫文に協力する日本人はその革命を支持するため中国に渡った。そこで命を落とした日本人もいた。孫文の国民政府は、日本の援助を求めるとき、日本企業の利益を約束した。そのため、多くの日本企業も中国に進出した。

しかし、共産党員や、当時の国民党党内の民族主義者が中国人のナショナリズムを煽り、日本製品の不買や、日本企業でのストライキや、暴力デモを頻繁に行った。さらに、排外運動は激しくなり、中国在住の日本人の財産や生命の危険に晒された。日本軍のシナでの駐屯維持は絶対必要だった。その後国民党軍の中に潜っているシナ共産党スパイは盧溝橋事件を起こし、日支全面戦争が勃発した。

 この半世紀にも、日本は中国との友好関係を築くために、大量の資金援助、技術輸出をおこなった。中国の今日の経済発展のきっかけは、日本のおかけだった。2008年の中国で起こった四川大地震の時、日本はアメリカの20倍もの世界最高額の支援をしたが、中国がその後感謝を表明した25カ国の中に日本は入っていなかったさらに今回、反日デモを起こした地域は、その四川省である。「恩を仇で返す」この言葉だけで中国人の酷さを表現しきれない。世界中で一番の忘恩で卑劣な民族と言える

昔から今まで、日本人の反支那感情は、全て中国人の卑劣な反日行為に反発したものである。しかし中国人の反日感情は中国文化から生じたものであり、中国文化が存在する限りに、中国人の反日感情はどうしても消えないだろう。一方的に「日支友好」を望んでいる日本人はそのおろかな夢から、目を覚ますべきだ




中国を観測し続けている台湾人・黄文雄氏は、著書『米中が激突する日』(PHP)に次のように書いています。

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ここ数年来のネット上における対日言論攻撃は、言語道断といえるまでに激烈化している。

たとえば『小日本』『日本鬼子』『倭猪(日本ブタ)』といった“人種差別”の侮蔑用語は一般的で、『大和民族を地球上から消せ』『中国人は神から日本人を抹殺する権利が与えられている』『BC兵器や核兵器で日本を滅亡させよ』といった攻撃的な意見が公然と飛び交っている。

『開放雑誌』2004年12月号によると、中国人を対象とした意識調査の結果、25歳以下の青少年のうち、敵対する捕虜や婦女子を銃殺することに「賛成」は82%に達していた。

そこでは、

「中国人でなければいくら殺してもかまわない」
「あえて中華民族に対抗する種族は殺しつくすべき」
「日本人婦女は強姦したあと殺すべき」
「日本人なら、男は腸を開いて皮を剥ぎ、女なら輪姦したのち殺すべき」
「日本人なら嬰児から老人まですべて殺しつくすべき」

という回答が多く見られたという。

このように、今日の中国人の反日意識とは、決して日本側が『反省、謝罪』をすれば解消できるという程度のものではない。

こうした民衆意識が中国の軍国主義化を支持し、推し進め、日本脅威論に激怒し、対日開戦論を盛り上げているのである。
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黄氏はこの本で、「民衆意識」と書いているけれど、共産党一党独裁政権の中国に、自由な言論など存在しません。

政府に批判的な意見を述べた者は、当然のこととして弾圧を受ける。

法輪功の学習者は、臓器売買のために、生きながら臓器を摘出され殺害されている。

現代中国のいう「民衆意識」というのは、共産党によって作られた民衆意識であり、ネットや雑誌に投稿している人間も一般国民だけでなく、当局の人間が入って意識操作を行っている。

その魔の手は、すでに日本にまでのびてきている。


posted by xxx at 03:23| 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帰化工作員 坂中英徳


今日ボクが見た風景


元東京入国管理局局長の坂中英徳は、

移民1000万人を受け入れるとの政策提言を発表した


移民1000万人受け入れを=「人口激減」日本に政策提言−シンクタンク

 移民政策に関するシンクタンク、移民政策研究所の坂中英徳所長が16日、都内の日本記者クラブで会見し、ドバイで開かれた「世界経済フォーラム」の分科会に日本から出席し、50年間で移民1000万人を受け入れるとの政策提言を発表したと報告した。
 同氏は会見で、日本は世界史上例のない人口激減社会になったと指摘。大量の若年移民を受け入れて教育を施し、社会に溶け込ませる「日本型移民国家」を目指すべきだと強調し、移民受け入れ計画の策定を柱とする「移民法」の制定や、無利子・無担保で移民に教育資金などを貸し付ける「移民銀行」の創設の必要性を訴えた。(2010/12/16-18:50)




■一般社団法人 移民政策研究所
■理事会の紹介
代表理事(所長):坂中英徳(さかなか・ひでのり)

[略歴]
1945年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程終了。
1970年法務省に入省。
入国管理局入国在留課長、名古屋入国管理局長、 東京入国管理局長などを歴任。
2005年3月退職。
http://www.jipi.or.jp/syokai.html



75年に同省入国管理局論文募集 で

「今後の出入国管理行政のあり方について」が優秀作となり、

その後在日韓国・朝鮮人の法的地位の安定を唱えた

「坂中論文」 と呼ばれる政策提言を法制化し実現していく。


http://www.amazon.co.jp/gp/product/product-description/4062128527/ref=dp_proddesc_0/375-6450427-0117061?ie=UTF8&n=465392&s=books
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_b?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8D%E2%92%86%89p%93%BF&x=17&y=22


坂中 英徳
1945年5月、朝鮮・清州市生まれ。70年3月慶応義塾大学大学院修了、同年4月法務省入省。
 


この人は以前は隠してなかったのに、なぜ出生地を隠すのだろうか?
戦後朝鮮から引き揚げてきた日本人なら出生地を隠す必要はないが・・・・・・・・。



人種差別・排外主義者の坂中英徳殿



 貴殿が現役の入管局長だった頃に、コイズミ・タケナカ政権体制下の意に沿うように、

いや寧ろ増幅しさえして、苛烈、無軌道に行った入管行政の作為、不作為とその結果についての責任は一切頬被りですか?


 当該の多くの邦人・外国人・個人・法人に向けられた入管当局からの容赦のない人権弾圧、生存権破壊行為、その悪逆非道の数々について知らぬ存ぜぬは通りませんよ。


 難民申請の悉くを却下→本国送還、特別在留許可申請中の外国人は逮捕・拘束、

在留資格認定証申請に対する審査期間の常軌を逸した引き伸ばし→不許可。


 テロ対策と称し、莫大な公金を投入しての全ての本邦入国外国人に対する指紋認証システムの導入、一方で国籍法を改正して、偽装認知などでの不正の入国は寧ろ助長させた。


 そうして入管行政管理下にある様々な現場に対し、混乱と破壊の限りを尽くした後、ご自分はさっさと退職して優雅な天下り生活、そして今度は貴殿が焼き尽くしたその現場に移民イッセンマンニンですか?醜怪極まる売国買弁官僚の最たるものですね。


 入管という組織が、凡そ一切の説明責任、情報開示をしないブラックボックスであるのを良いことに、一体貴殿は何処の勢力の走狗となって、あれ程に狂奔暴走したのか?


 今月4日に報道された横浜入管職員逮捕の件も、元はと言えば貴殿が作った状況の反映なのではないですか?

「国家の行く末を憂える各界の人士」とは誰で、どんな集団ですか?

私には前政権を支援していた売国奴勢力にしか思えないのですが。


 卑劣極まりない貴殿の口から多文化・多民族共生、などと言われると、

その欺瞞性、過去の所業との撞着振りに、おぞましさすら覚えるものです。


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中国を観測し続けている台湾人・黄文雄氏は、

著書『米中が激突する日』(PHP)に次のように書いています。

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ここ数年来のネット上における対日言論攻撃は、言語道断といえるまでに激烈化している。

たとえば『小日本』『日本鬼子』

『倭猪(日本ブタ)』

といった“人種差別”の侮蔑用語は一般的で、

『大和民族を地球上から消せ』

『中国人は神から日本人を抹殺する権利が与えられている』

『BC兵器や核兵器で日本を滅亡させよ』

といった攻撃的な意見が公然と飛び交っている。

『開放雑誌』2004年12月号によると、中国人を対象とした意識調査の結果、

25歳以下の青少年のうち、敵対する捕虜や婦女子を銃殺することに

「賛成」は82%に達していた。

そこでは、

「中国人でなければいくら殺してもかまわない」
「あえて中華民族に対抗する種族は殺しつくすべき」
「日本人婦女は強姦したあと殺すべき」
「日本人なら、男は腸を開いて皮を剥ぎ、女なら輪姦したのち殺すべき」
「日本人なら嬰児から老人まですべて殺しつくすべき」

という回答が多く見られたという。

このように、今日の中国人の反日意識とは、

決して日本側が『反省、謝罪』をすれば解消できるという程度のものではない。

こうした民衆意識が中国の軍国主義化を支持し、推し進め、日本脅威論に激怒し、

対日開戦論を盛り上げているのである。


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黄氏はこの本で、「民衆意識」と書いているけれど、

共産党一党独裁政権の中国に、自由な言論など存在しません。

政府に批判的な意見を述べた者は、当然のこととして弾圧を受ける。

法輪功の学習者は、臓器売買のために、生きながら臓器を摘出され殺害されている。

現代中国のいう「民衆意識」というのは、共産党によって作られた民衆意識であり、

ネットや雑誌に投稿している人間も一般国民だけでなく、

当局の人間が入って意識操作を行っている



その魔の手は、すでに日本にまでのびてきている。




posted by xxx at 00:45| 売国奴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

撫順日本戦犯収容所の真実C

特別軍事法廷でサインする日本人の姿

今日ボクが見た風景


特別軍事法廷で裁判を受ける日本人達の姿



今日ボクが見た風景

嵐のような犯行自白

1954年、最高検察院工作団は500人余りの工作隊を組織して、戦犯収容所に入った。彼らは下級日本兵から、自白運動を展開させた。上級日本人軍官に対しては、個別審判の方法を通して、一人一人取り調べで、自分の「犯行」を認識させる。管理所所長、崔仁杰さんは当時の状況を語った。「自白運動の中、我々が採用する方法は、戦犯全員を集めて犯行自白大会を行って、先に39師団の中隊長宮崎弘を、湖北白羊村で何十人ものシナ人を彼の手で殺した事を、他の戦犯たちに対し自白させた。彼のその自白を聞いた後
会場の日本人は呆然とした。何十人のシナ人を殺したにもかかわらず自白の勇気があった彼と比べて、自分達が犯した罪ははるかに軽いはずだ。自分達も自白すべきと認識した。毎回自白大会を行うとき、一人の日本兵の自白を聞くと、他の日本人達も強く共感して、話を聞いていた日本人捕虜達は「俺達は本当に悪魔だ」と発言し合った。

自白運動は一年続きました。その期間内、日本戦犯達はもの凄く緊張して、食事も食べられず、まるで生死の淵に徘徊しているようでした。山ほどの確実な証拠、さらに工作隊人員の嵐のような思想攻撃の下で戦犯たちは思想が変わった。日本軍は中国に来る目的は「建設」ではなく、「侵略」であることを認識した。最後は、武士道精神を代表する人物、藤田茂中将も自ら罪を告白した。彼が自白してから、他の日本人軍官も次々に自白した。特別法廷の裁判を経て、45名を除く、千名近くの戦犯たちが解放された。最後まで刑に服した1名は、1964年に帰国を遂げた。


シナ共産党は、その時の日本兵捕虜に対して、2種類の方法を使いていた。1つ目は、明るい希望を与えて、早く犯行を自白した日本兵は早めに日本に帰れると暗示する。2つ目は、自ら自白せず頑固な日本兵に対して、厳しい手段を使い、毎日に個別審問を行って、何人もの中国人が一人の日本人に自白を強要する。あらゆる方法を使って、犯人の自白を強要するのは、中国の刑務所では日常茶飯事である。管理所の中国人職員や検察院工作団の人にとって、日本兵に自白させるのは共産党上級から受けた任務である。彼らは毎月、日本人捕虜の思想状況や学習状況や身体状況のほか、自白書を提出した人数とまだ自白してない人数も上級機関に報告しなければならない。上級機関が欲しがる自白書の内容、それは日本兵が自ら書いた殺人の数量や、残酷な内容が多い自白書だった。中国人責任者は、管理した日本捕虜が共産党上級の要求を満足できる自白書を提出したら、彼ら自身の成績として、上級からは奨励を貰える。

上記日本兵が中国
人を殺した地名に注目したい。湖北白羊村、この地名は中国人でさえ実際の場所はどこにあるか分からない。湖北省、つまり満州国から2000キロ余り離れた中国中部の省である。日本国とほぼ同じ面積、人口もかなり多く、湖北省の中に山ほど小さな村があったはずだと思う。あれほど中国を日本兵に殺されたはずの場所なのに、正式の文書で県の名前すら記録していなかった。私の考えでは、当時中国人軍事法廷は、日本人が自白した犯行現場にいったことがなかった。そして更に、犯行現場や犯行自体、明確な証拠のないデタラメだったと解釈できる。私が持っている「日本戦犯改造」の資料の中、日本人捕虜が自白した殺人方法は、中国人犯罪者がよく使う犯行手段とすべて同じ、さらに被害者の身分や年齢や住所等の資料もなく、凶器、犯行現場、など正式な法律文書の中に必ず記録する要素もなかった。記録が残ったのは自白書、中国人証人の証言のみ。中国人の軍事法廷は、これらの日本人捕虜を審判したのに、自白した犯行の時間、地点、人物、動機は一切はっきりしていなかった。少しでも法律知識を持っている人に言わせば、これは非常におかしな話ではないだろうか。


posted by xxx at 00:19| 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

撫順日本戦犯収容所の真実B

講演会を聞いている様子

今日ボクが見た風景



管理所の職員が日本人兵士と話している様子

今日ボクが見た風景

我々は、下級日本兵の中の90%が、貧しい労働者の家庭で生まれたことを知ったので、一つのアイデアを思いついた。それは、「悲惨な我が家の歴史をべる講演会」を行うことだ。我々は、これらの日本兵の中から、一番貧しい家庭出身の日本兵を選んで、彼らに実家の悲しい物語や、どのように資本家より迫害されたのか、皆の前で演説させた。

 これに対して他の貧乏な家庭出身の日本兵も共感を持ち、物凄く効果があった。講演会を終えた後、殆どの日本兵は涙をこぼした。すると、同じ貧乏な家庭出身の日本兵はだんだん我々の味方になった。呉浩然は「下級日本兵自身やその家族の貧乏や悲惨な生活は、運命によるものではなく資産階層の搾取によるもの、天皇は慈善の神様ではなく、日本搾取階層の総代表であり、天皇に従うのは、つまり資産階層に命を渡すことだ。だから、日本兵は自身が罪を犯した、恥ずべきであると感じなければならない。」と回想した。

 二年の思想教育をかけて、下級日本兵の中、80%の人は自ら「罪」を認めた。さらに彼らは自分たちの犯した2980罪状を作成、637件の他人告発文を提出した。


当時管理所にいた日本兵は皆、早く日本に帰りたい気持ち、家族に対する思いは非常に強かった。しかしながら、中国人は、そのような気持ちに乗じ、家族物語の講演を利用し、貧しい家庭出身の下級日本人兵士の、裕福な家庭で育った日本人上級軍官や上層の日本人に対する不満を煽った。そして管理所内の日本人を分化させて、自覚のないうちに80%の日本人兵士は、中国人の味方になった。つまり「我々は中国人だけど、日本人兵士と同じ貧しい家庭出身です。世界中の貧乏な人こそ、本当の仲間だ」という思想を下級日本人兵士は注ぎ込まれた。そして、これらの日本人兵士は、中国人に「恩」を返すために、管理所職員の意思に沿えて、自ら犯していないはずの罪を認めた。

これはシナ共産党のお家芸、地主を粛清したとき、資本家と闘争したとき、よく使う常套手段。同じ五十年代、中国各地の農村で行った「地主粛清運動」の中でシナ共産党幹部は、農民たちの地主に対する憎みを煽るために、ある方法を使った。実は昔の中国農村では義理人情を重視する、素朴な農民がかなり多く、何の仇もない地主とその家族に、冤罪をつけて死に至らせるのは、普通の農民達はどうしてもできなかった。そこで共産党幹部は、農民の中の素行が悪く、人間性欠如のごろつきを選んで、彼らに地主の罪状をでっちあげさせて糾弾させて、さらに貧しい農民の悲惨な家族物語を演じる「白毛女」などの映画や演劇を農民たちに見させて、人々の共感を得て、その直後に公判大会を行って、地主を即座に銃殺した。シナ共産党の言葉で「発動群衆」とはそういうものだ。しかし、仇討ちを重視する中国人と違い、日本人は報恩の気持ちが非常に強い。もちろん共産党も知っていた。そこでそれらの日本人に虚偽な恩恵を与えて、デタラメな罪を認めさせることに成功した。

 
700人余りのうち80パーセント、つまり560人の日本人の犯行は2980条あり、一人平均は6条もあります。信じ難い奇妙な話だ。
posted by xxx at 00:02| 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

撫順日本戦犯収容所の真実A

一番最初に日本戦犯らに思想の教育を行ったのは呉浩然と張夢実で二人は管理所の職員だった。「撫順市誌」の記録によると1952年2月に周恩来総理は「これらの戦犯をしっかり教育し、罪を認めさせる」という指示の前に、呉浩然と張夢実はすでに管理所の中で戦犯学習組を開設していた。

 早稲田大学で卒業し、日本人の国民性を理解し、日本語堪能の元満州国国務総理大臣の息子張夢実さんは、レーニンが書いた日本語版の「帝国主義論」の本を「日本戦犯」達に勉強させる事をはじめて提案した。所・_然さんは「戦犯学習組」を開設し、80人余りの勉強することを望む日本人を、六つの学習クラスに分け、資料を渡して、討論させた。日本の大學に入れなかった大河原孝一にとって、収容所はまるで大学のような存在だった。彼は学習組のリーダーを勤めるだけではなく、25人のメンバーを集めて学習討論会を行った。


中国人が日本人を改造する第一歩は、いわゆる思想教育、つまりシナ共産党の思想を日本人の頭の中に注入、共産主義等の書物を見させて、日本は帝国主義国家や侵略国家であることを認識させることです。


戦犯管理所で日本人が水餃子を作る姿

今日ボクが見た風景


今日ボクが見た風景

日本人捕虜の思想教育の為、戦犯管理所で製作した日本語演劇

posted by xxx at 23:55| 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

撫順日本戦犯収容所の真実@


撫順日本戦犯収容所の景色

今日ボクが見た風景

この収容所は、元々旧日本軍が建設した監獄であった。

その収容所は当時シナで一番施設が良い収容所。

今日ボクが見た風景

中国では犯罪者に対し、ある言葉をよく使います。それは「改造」です。監獄や刑務所等は、「思想改造所」「労働改造所」と呼ばれています。シナで殆どの監獄、刑務所の壁の上に「好好改造,重新做人 」という標語があります。日本語訳ならば、しっかり改造し、生まれ変わることです。「改造」は「洗脳」と比べて、どこが違いますか?洗脳は、つまり貴方の頭の中に支那共産党の思想を注入することです。改造とは、貴方を生まれ変わらせることです。簡単に例えて、「洗脳」は水ボトルの中に油を入れることです。「改造」は水ボトルを破壊、分解し、新たなものを作りだすことです。ある日本人は支那の洗脳教育について、恐怖と言う言葉を語りました。しかし改造の恐さは、その怖さと比べてはるかに怖いです。一度シナの刑務所に入った経験がある人は、一度死の淵から戻ったような感覚を持ちます。

テーマは、中国人よる「改造日本戦犯」の事です。いわゆる「日本戦犯」は、つまり第二次世界大戦後、ソ連やシナ軍に捕虜となり撫順戰犯収容所で収容された旧日本軍人です。以下の私が引用した内容は、全てシナ人が書いた本の中に記載し、元管理所長や職員たちの証言です 彼らは、どのように「日本戦犯」を「改造」させることに成功したか語っています。

最初に説明しなければならないひとつのことは、中国の監獄や刑務所で犯人に体罰、精神的な虐待は日常茶飯事です。しかし、私が引用している撫順戰犯収容所のシナ人の話は、日本人捕虜に対して肉体的な虐待はしてないようです。それは、私は信じます。シナ共産党はそれぞれの犯人に対し、それぞれの方法を使っています。外国籍の犯人に対しては国際的な配慮がある一方、さらに大きな目的があります。つまりシナ共産党の目的は、収容された日本人捕虜を彼らの代理人や代弁者に変わらせることです。周恩来や毛沢東等、日本人捕虜に対して、何回もそのような言葉を言いました。戦後、中帰連などの団体は、日本各地で興した様々な活動から見ると、彼達はその目的を遂げたことを実感しております。

撫順戰犯管理所に関して、私が集めた資料はかなり多いので、日本人が一番関心することをここに記載します。中国人はどのように日本人捕虜に洗脳し、「罪」を認めさせたかということです。




おおむねの日本語訳

満洲事変から日本投降まで、抗日戦争は14年かかりました。1950年に日本戦犯を収容し始めてから1964年に最後の戦犯達が帰国するまでさらに14年かかりました。侯桂花さん(元管理所職員)の話によって、我々は日本人との戦いは思想戦場に移り変わりました。初めて撫順戰犯管理所に入った日本人の共通点は「罪」を認めない事。
これら日本人はシベリアからソ連政府によって、中国に送られてきました。
彼らは天皇陛下万歳を叫んだり、食べ物を無駄にしたり、管理所で大騒ぎしました。ある人は管理所の教育を聞きたくないため、箸で自分の耳を破りました。


やってない「罪」を認める人はまずいないでしょう。可哀相な日本人は洗脳教育に対して、最初の抵抗は自分を傷つけることしかできないのです。
posted by xxx at 23:30| 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「日本が対抗措置」と露紙、漁業会社の5億円提供問題

「日本が対抗措置」と露紙、

漁業会社の5億円提供問題

2010.12.28 20:12


ロシアの排他的経済水域(EEZ)内でスケトウダラ漁をする北海道などの漁業会社4社がロシア政府関係者に計5億円を提供していたと日本で報じられたことについて、28日付のロシア紙「独立新聞」は、ロシアのシュワロフ第1副首相の北方領土訪問に対する日本側の「対抗措置」の可能性があるとの見方を報じた。

 同紙は、漁獲に伴うロシア側への賄賂はこれまでもあったのに「なぜ今になって議論を始めたのか」と指摘。

 日露関係の悪化を背景に、日本側が第1副首相の訪問に対する対抗措置としてこの問題を明らかにする姿勢を示し、外交上のシグナルを送り始めた可能性があるとするロシア科学アカデミー極東研究所のキスタノフ日本研究センター所長の分析を紹介した。(共同)

posted by xxx at 22:31| 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

《英米諸国人に告げる》

東条英機の処刑前の手記がありますのでご紹介いたします。



《英米諸国人に告げる》

今や諸君は勝者である。我が邦は敗者である。
この深刻な事実は私も固より、これを認めるにやぶさかではない。

しかし、諸君の勝利は力による勝利であって、正理公道による勝利ではない
私は今ここに、諸君に向かって事実を列挙していく時間はない。

しかし諸君がもし、虚心坦懐で公平な眼差しをもって最近の歴史的推移を観察するなら、その思い半ばに過ぎるものがあるのではないだろうか。

我れ等はただ微力であったために正理公道を蹂躙されたのであると痛嘆するだけである。

いかに戦争は手段を選ばないものであるといっても、原子爆弾を使用して無辜の老若男女数万人もしくは数十万人を一挙に殺戮するようなことを敢えて行ったことに対して、あまりにも暴虐非道であると言わなければならない。

もし諸般の行いを最後に終えることがなければ、世界はさらに第三第四第五といった世界戦争を引き起こし、人類を絶滅に至らしめることなければ止むことがなくなるであろう。

諸君はすべからく一大猛省し、自らを顧みて天地の大道に恥じることないよう努めよ







《日本同胞国民諸君》

今はただ、承詔必謹する〔伴注:終戦の詔を何があっても大切に受け止める〕だけである。私も何も言う言葉がない。

ただ、大東亜戦争は彼らが挑発したものであり、私は国家の生存と国民の自衛のため、止むを得ず受けてたっただけのことである。

この経緯は昭和十六年十二月八日の宣戦の大詔に特筆大書されているとおりであり、太陽の輝きのように明白である。

ゆえにもし、世界の世論が、戦争責任者を追及しようとするならば、その責任者は我が国にいるのではなく彼の国にいるということは、彼の国の人間の中にもそのように明言する者がいるとおりである。

不幸にして我が国は力不足のために彼の国に敗けたけれども、正理公議は厳として我が国にあるということは動かすことのできないことである。

力の強弱を、正邪善悪の基準にしては絶対にいけない
人が多ければ天に勝ち、天が定まれば人を破るということは、天道の法則である。

諸君にあっては、大国民であるという誇りを持ち、天が定まる日を待ちつづけていただきたい。
日本は神国である。永久不滅の国家である。
皇祖皇宗の神霊は畏れ多くも我々を照らし出して見ておられるのである。

諸君、願わくば、自暴自棄となることなく、喪神落胆することなく、皇国の命運を確信し、精進努力することによってこの一大困難を克服し、もって天日復明の時が来ることを待たれんことを。






今日ボクが見た風景

posted by xxx at 15:33| 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ハルノート」

昭和16年12月8日、日本は米国との開戦に至った。
太平洋から東南アジア 、インド洋にいたる広大な海洋を舞台とし日本は史上例を見ない大戦争を戦った。

そして4年にも及ぶ「大戦争」は最終的に昭和20年8月15日、日本の敗戦によってその幕を下ろした。
しかし何故日本は国土の広狭・資源の有無・を無視してまで「日米開戦」に踏み切ったのか、常識では考え難いがそれらに関係無く日本に開戦を選択させるべく仕向けたアメリカ の『責任』がある。

アメリカが日本に送ったのと同一の文書を他国に送れば非力なモナコ 公国やルクセンブルク公国でさえ必ずアメリカに対して武力をもって立ちあがっただろう」これは東京裁判 でのパール 判事の言葉である。

勝ち負けを度外視しても開戦を選択せざるを得ない理由こそがまさに『ハルノート』である。(正式名称、合衆国及び日本国間の基礎概略)開戦前夜の昭和16年11月26日アメリカ国務長官 コーデル・ハルが日本政府に対して通告してきた文書でこれを読んだ日本国はアメリカからの最後通告と解釈したのである。

当時日本はアメリカイギリス ・支那・オランダ による対日経済封鎖により石油・ゴム・といった資源のほとんどを供給停止されていた為に南方進出を真剣に考えていた。

東南アジアの国々はほとんど欧米の植民地である。
その国々を独立させ対等貿易を行えば日本に活き残る道はある。
その為にはアジアから欧米の植民地支配を排除せねばならないが欧米と開戦できる国力は無い。
そんな状況下にありながらも日本は日米開戦を回避すべくぎりぎりの条件を提示して日米交渉の妥結を願った。

その条件「甲案」とは

  1・ 日支(日本と支那)に和平が成立した暁には支那に展開している日本軍を

     2年以内に撤兵させる。

  2・ シナ事変(日中戦争)が解決した暁には「仏印」

     (フランス領インドシナ)に駐留している兵を撤兵させる。

  3・ 通商無差別待遇(自由貿易)が全世界に適用されるなら太平洋全域と

     シナに対してもこれを認める。

  4・ 日独伊三国同盟への干渉は認めない

と言う内容であり更に「甲案」での交渉決裂に備えて日米戦争勃発を未然に防ぐ為の暫定協定案として「乙案」も用意してあった、乙案は下記の内容である。

  1・ 欄印(オランダ領インド=現インドネシア)での物資獲得が保障されアメリカ

     在米日本資産 の凍結を解除し石油の対日供給を約束した暁には南部仏印から撤兵する

  2・ 更にシナ事変が解決した暁には仏印全土かた撤兵する。

要するに日本に対する経済封鎖が解除され石油などの資源が供給されれば南方に進出する必要性は無くなる。

それと引き換えに日本も全面撤退に応じるという内容である。
この事については駐日大使ロバート ・クレーギーが帰国後政府に提出した報告書で「日本にとって最大の問題は南方進出では無く耐え難くなりゆく経済封鎖を取り除く事だった」とかかれており日本の南方進出が「領土的野心」等では無かった事を証明している。

東京裁判アメリカ人のブレークニー氏も「日本の真に重大な譲歩は甲案であり、甲案において日本の譲歩は極限に達した」と言っている。

日本側は対米交渉においてこれ以上は応じれない譲歩を示したと言う事である。
しかしそれに対しアメリカは11月7日に「甲案」、11月20日に「乙案」をも拒絶し11月26日に日本が到底受け入れる事の出来ない「ハルノート」が提出された。
ハルノートは以下の文書である。

  1・ 日本軍の支那、仏印からの無条件撤退

  2・ 支那における重慶政府(蒋介石政権)以外の政府、政権の否定

     (日本が支援する南京国民政府の否定)

  3・ 日独伊三国同盟の死文化(同盟を一方的に解消)

日本に対し大陸における権益を全て放棄し明治維新前の日本に戻れと言う事である。

江戸時代アメリカに武力で開国を強制的にせまられて以来欧米列強に揉まれながらも日本は血の滲む努力の末やっと対等になりつつあるところで「全てを放棄しろ」である。

こんな訳の解からぬ条件を突き付けながらも経済封鎖の解除には一言も触れて無い所などはさすがは「詐欺師国家」アメリカである。

日本は生存権を賭けて日米開戦の道を選択したと言うより開戦という選択を取らされたのである。

資源・物資・大陸での正当な権益・アメリカにある日本の資産・これらを放棄しろと言う事は「死ね」と言うのに等しい事である。

アメリカ流の屁理屈で言わせてもらえば日本の選択した『開戦』という道は自衛手段であり日本には一切の戦争責任は無いと言える。

これらの構図は現在も続いている。
常に対象国を挑発し、事の責任をなすりつけるやり方は最近中国 との間で起きている。

中国の嫌がることを徹底的にやり、頭にきた中国アメリカ国債をバカバカ売却する。
大量にアメリカ国債が売られるとドルが暴落する。
ドルが地に落ちればアメリカはデフォルトする。
その責任の全てを中国になすりつけて、自分は被害者を装い、まんまと借金 を踏み倒す。

いかにもアメリカの考えそうなことだ。

posted by xxx at 15:13| 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「東京裁判は誤りであった」ダグラス・マッカーサー

朝鮮戦争 により日本の立場を理解し翻意し米国の正義を貫いた第一級の資料マッカーサー 証言

 1950年(昭和25年)共産党員弾劾のマッカーシー旋風が吹き荒れ、ルーズベルトもルーズベルトの側近も弾劾された。

ダグラス・マッカーサー
アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥)1950年10月15日の発言
 当時裁判の最高責任者
マッカーサー 元帥が、昭和二十五(1950)年10月15日ウエーキ島におけるトルーマンとの会談で「東京裁判は誤りであった」と発言。戦犯処刑は昭和23(1948)年12月24日。処刑後わずか2年後である。

ダグラス・マッカーサー
 (アメリカ 、日本占領連合軍最高司令官・元帥)(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会において、聖書に誓い、証言)
戦犯処刑は昭和23(1948)年12月24日。処刑後わずか3年後である。わずか3年で東京裁判での、東條英機の宣誓供述に呼応し、認めているのだ


米国 議会上院の軍事外交合同委員会で行われた質疑応答
 
質問者 ヒッケンルーパー上院議員
 五番目の質問です。赤化支那(中共:共産
中国 )に対し海と空とから封鎖してしまへといふ貴官(マッカーサー の事)の提案は、アメリカ、が太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。

 答弁 
マッカーサー 将軍
 その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口(四千万)で、あとの半分(四千万)が工業生産に従事してゐました。
 潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
 これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
 日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い羊毛が無い石油の産出が無い
すずが無いゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。(注・その原料の無い日本が、真珠湾より先に宗主国のABCD包囲網で供給を断ち切られた。日本を亡国と化すために先に仕掛けたのは連合 国だ)
 もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、日本では一千万から一千二百万の失業者が発生(注・マッカサーは婉曲表現で失業者が発生と発言しているにすぎない。四人家族だとすると総数は四千万人から四千八百万人となる。工業生産従事者とその家族全員の四から五千万人が路頭に迷うことになる。国民の半分が路頭に迷うことになれば、失業などではない、まさしく亡国だ。もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、失業などではなく、確実に日本は亡国なのだ。子孫と称する日本語も英語も分からぬれいの鳥瞰視点欠落した輩は、失業者対策のために起こした戦争と翻訳した。語るに落ちている。現代日本でも原料の供給を断ち切られたら、亡国は常識)し、亡国と化すであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れていました。したがって彼らが戦争を始めた目的は、大部分が護国のため(亡国防衛のため、安全確保のため)(by security)だったのです。

 ・・・
米海軍がフィリピン と沖縄を奪う頃には、海上封鎖も可能となった。そのために、日本陸軍を維持する供給は、次第に届かなくなった。封鎖したとたん、日本の敗北は決定的となった(包囲し封鎖米国 軍人は原爆投下に猛反対した)


 
・・・過去100年においてアメリカ が犯した最大の外交的過ちは、シナ大陸において共産主義者の勢力がのさばるに任せてしまったことである共産主義に対してのルーズベルトの無知を、非難している)

 

 この証言はニューヨーク・タイムズに全文掲載された。反日、侮日には下記を掲げればよい。

 

They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan.
これらの供給が断ち切られたら、一千万人から一千二百万人の失業者が発生し、亡国と化すであらうことを、彼ら(日本政府・軍部)は恐れていました。


Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.
したがって、彼らが戦争を始めた目的は、大部分が護国のためだったのです。

 

大東亜戦争紐解く鍵、五種の文の一つだ。

 1928年から45年までの18年間の日本の戦争は「侵略戦争」だったとして「東京裁判」を開廷し、日本を断罪した正に張本人であるマッカーサー 元帥 が、その後、わずか2年後、そして3年後、自身の考えを180度転換、日本の戦争は「護国戦争」だったと言っているのです。つまり、資源が無い日本では籠城したら、資源が無いから負け。勝つために、自衛護国のためには、東亜の宗主国を倒し、東亜を独立させ、独立国東亜から資源を確保しながら戦う戦法しかない。侵略しなければ侵略される時代に、誰もが同じ戦法を取るだろうと、マッカーサー 元帥 が聖書に誓い、発言したのだ。

 朝鮮戦争東條英機宣誓供述書記載の、赤化防御を朝鮮戦争痛切に体験)でマッカーサー 元帥が、膠着状態打破のため「満州爆撃作戦」を立案することにより、島国日本にとって、朝鮮半島とその延長線上にある満州はまさに「国家の生命線」であり、ここが日本と敵対する国家・勢力によって支配されると言う事は、島国日本への資源供給を絶たれ、取りも直さず国家存亡の危機に直面する緊急事態であるという事を学んだのです。事実中国 (元)はこのルートで二度日本を攻めてきた。「満州爆撃作戦」は「侵略戦争」と決め付けた日本軍の作戦と同一であることに気づき、日本軍の護国のために誇りを持って玉砕する心根を、瞬時に理解出来たのです。「侵略戦争」だったらあのような壮絶な戦いは不可能だ。至誠一途な心根も、まさしく「自衛護国戦争」だったからだと。

 
東京裁判(1946.5〜1948.11.)は誤りだったと。勝者が正義の時代に、戦犯処刑わずか2〜3年後に前言を翻したことは非常に重要だ。マッカーサー 元帥と米国 は、世界征服をたくらむコミンテルンの悪の野望と、コミンテルンに操られたルーズベルトの陰謀に、日米国民が乗せられたことに気付き、アメリカの歴史に汚点を残すのを避け、大東亜戦争 開戦の詔勅 を認め、東條英機の宣誓供述に呼応し、まさしく豹変し、これも認め、真実を貫いたのだ。
 自虐教育の原点である東京裁判はマッカサーも認めたように誤りだったのだ。自虐教育・自虐報道はもうやめよう。

 1951年4月11日、更迭。1951年4月16日離日。4月19日引退。退任に際しての演説を行った。最後に、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die, they just fade away.)」の言葉を残す。

 1964年4月5日に老衰による肝臓・腎臓の機能不全でワシントンD.C.のウォルターリード陸軍病院で死去。84歳だった。偉人として国葬が執り行われ、日本代表として
吉田茂 が出席。

参考文献 『東京裁判 日本の弁明』小堀桂一郎、講談社学術文庫

亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

posted by xxx at 00:45| 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界の盟主 A・アインシュタイン博士のお言葉     

近代日本の発達ほど 世界を驚かしたものはない


この驚異的な発展には 他の国と異なる何ものかがなくてはならない

 果せるかなこの国の 三千年の歴史がそれであった


  この長い歴史を通して 一糸の天皇をいただいているということが、

今日の日本をあらせしめたのである。

私はこのような尊い国が 世界に一ヶ所位なくてはならないと考えていた

なぜなら世界の未来は進むだけ進み


  その間幾度か戦いは繰り返されて 最後は戦いに疲れる時がくる

その時人類はまことの平和を求めて 世界的な盟主を挙げねばならない

 この世界の盟主なるものは 武力や金力ではなく


  凡ゆる国の歴史を抜き超えた 最も古くまた尊い家柄でなくてはならぬ

 世界の文化はアジアに始まって アジアに帰る

 それはアジアの高峰 日本に立ち戻らねばならない

 吾々は神に感謝する


 吾々に日本という尊い国を 作って置いてくれたことを・・・






今日ボクが見た風景

20世紀が生んだ、大科学者アインシュタイン博士の言葉です










posted by xxx at 00:39| 日出処ノ天子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月26日

『告日本国』

宗教は人間個人が、神道(惟神)は日本の歴史が、創造。

かんながら(神道)は宗教に非ず。

 「フランダースの犬」英国女性作家ウィーダ1872年刊。画家を志す少年ネロが、放火の濡れ衣を着せられて村を追われ、吹雪の中をさまよった挙句、一度見たかったルーベンスの絵を見る。そして誰も恨むことなく忠犬パトラッシュと共に天に召される。という日本では誰でも知っている悲運の物語だ。ところが欧州では「負け犬の死」としか映らず評価されることは無く、米国の過去5回の映画化も結末をハッピーエンドに書き換えられているという。悲しい結末の原作がなぜ日本でのみ共感を集めたのか、長く謎とされてきた。

 ベルギー人映画監督ディディエ・ボルカールトさんらは、3年をかけて謎の解明を試みた。浮かび上がったのは日本人の心に潜む「滅びの美学」だった。プロデュサーのアン・バンディーンデレンさん(36)は「日本人は信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、ある種の崇高さを見出す。ネロの死に方は、まさに日本人の価値観を体現するもの」と結論づけた。この検証過程を「パトラッシュ」の題名で映画化、27日に大聖堂で上映される。制作のきっかけはアントワープの大聖堂でルーベンスの絵を見上げ、涙を流す日本人の姿を見たことだったという。「フランダースの犬 日本人だけが共感」の見出しで2007年12月25日読売新聞朝刊2面で報じている。

 日本は神の国である。日の神、山の神、田の神、海の神、火の神、水神、雷神、風神、荒神(かまどの神)、産土神、道祖神等々と森羅万象の自然を、生命体をつかさどる絶対神(造物主)として崇め、採り尽くさず共生してきた、唯心が日本の歴史である。巨樹を崇め今に残っているのが証し。戦いの敵将も弔うのは、敵将(人間)としてではなく、生きとし生けるもの、生命体としての観点からである。トルコ(イスラム教)、ポーランド(キリスト教)との、激動の中の100年に渡る友好は、付け焼刃に非ずを物語って余りある。(注・唯心国家の国民だから以心伝心となった、唯心無く唯物のみの凶産党や韓国や罪日では有り得ない凶産党は唯心否定で唯物のみ。民主党鳩山の友愛なんぞ、凶産や捏造が国是の韓国や罪日には、他意無しなら、鴨ネギでしかない。輩は唯物で、生命体を物扱いし、物欲のみでしか動かない、ソ連中国北朝鮮、韓国や罪日が見本であり、歴史が証拠だ。恥も外聞もなくひたすら自己中で、相手なんぞ無視は当たり前の折伏一辺倒、唯我独尊カルト教が輩の正体である)宗教は人間界の神で、生命体の神ではない。間は多種多様なので、宗教も多種多様となり、日本では信教の自由が保障され、仏教、イスラム教、キリスト教等々、よろずの宗教が存在する。日本は神国、宗教国といえる。五穀豊穣や安全祈願、成就感謝、生きるための神が八百万の神(天と地)で、いかに生きるか人間の生き方、善悪を訓え、死者を弔うのが宗教(人間界)である。八百万の神(天と地)は海の幸山の幸の狩猟採取の時代も、水稲栽培で始まった国生み時代も、海洋民のタイムラグ無き伝播で、津図浦々まで浸透した。八百万の神(天と地)への敬虔な祈願と感謝、これが日本精神で、日本の歴史である。

 戦前の神国とは多神教、八百万の神々がおわす国の意である。戦後63年経た現在も八百万の神々がおわす国で、日本は神国である。神国と発言すると、犯日団が即座に異常に反応し非難するが、騒ぐほうがおかしい。八百万の神々の社が今も現存し、国民は神として崇めている。八百万の神々が今もおわす日本を、神国呼称、何の奇異があろう。神国呼称しないほうが、不自然だ。神国日本は厳然たる日本の歴史で真実だ。日本の歴史や真実を否定する犯日団の正体は、唯心(神や宗教)否定、唯物捏造が教是の唯一神教であるカルト教、凶産と、便乗した朝鮮愚民政策侮日団や、在日工作員である事を、明白に自白している。

 唯物の毛沢東蒋介石金日成・李承晩が天皇のようになろうとして真似をしたが、しょせん猿真似でしかない、暴君となっただけである。

天皇は石原都知事やWGIPや犯日団捏造の絶対君主、独裁者、権力者ではない。“君臨すれども統治せず”使者である。日本国森羅万象八百万の神々の天理の使者(祭祀執行者)として、日本の歴史は天皇を、崇めてきたのは史実である。列強が開国を迫った国難にも、八百万の神々がいたから、中国朝鮮のように分裂もせず団結し、対処が出来た。八百万の神々の天理に基づき、サイパンの一兵士、渡辺はま子、八田与一、大島村の漁師、シベリアの孤児救出、ユダヤ人救出等々、日本人は皆行動し、天皇東条英機等も世の習いである逃亡もせず(ドイツ・イタリア皆逃亡)、皆日本と運命を粛々と供にし、兵士や国民も、終戦の詔勅一下ぴたりと矛を収めた。すさまじき戦いの動、そして静、まさに「能」で、史上比類がない。戦いに敗れても残るこの無言の団結は、日本の分断を阻止し、虐げられし世界の同胞の琴線をかき鳴らし、唯物凶産以外の戦勝国の唯心をも揺さぶり、新秩序の扉を開いた。国難に際し、八百万の神々の天理の下に、天皇を基にして団結したのであって、唯物独裁者の命令で団結したのではない。日本精神とは、始祖より続く、八百万の神々の天理である。八百万の神々の天理が、物李氏朝鮮差別教凶産破壊し、共産党を凶産党と喝破し、世界で初めて唯一の凶産の砦となり、蔓延防御、食民治主義は破壊、現代平和の礎を築いた。人間界唯物の物欲「滅びの美学」などではない、天道唯心である。三大宗教も天道を宗としていた。

 日本には、まず八百万の神がおわし、天道を宗としている。日本人とは国籍に非ず、天道が宗か否かである。民主主義の極致、海洋民民主主義国家が日本で、そして敬虔な祈願と感謝の歴史がある。日本(国)、祭祀(天皇)、国旗(日の丸)、国歌(君が代)は同一で、最上位が日本の歴史。その歴史を踏まえれば、以下の理解は容易である。日清日露大東亜戦争は、唯物(凶産・食民治主義)対唯心の戦いで、WW1WW2は唯物対唯物の戦い。

 ヨーロッパは、宗教戦争の歴史であるといっても過言ではない。そのヨーロッパフランス人の詩である、日本を喝破したこの詩を素直に読めれば、覚醒した先覚者である。詩『告日本国』東條英機が常に軍服の上衣の物入れ(ポケット)に入れて、肌身離さず持ち歩いていた手帳「修養録」にも、自記されている。

ポール・アントワーヌ・リシャール 

フランスの詩人、弁護士、キリスト教の牧師。大正5年来日(1905年日露戦争。1918年WW1。1916〜1920年滞在)大正6年、1917年『告日本国』発表。彼は、東西の精神文化の融合と人種差別撤廃の生涯であった。1919年大正8年、パリ講和会議。日本が史上初めて、人種差別撤廃案を提案。日本の提案は16カ国中、11カ国の賛成票を得たが、議長であった米国大統領ウィルソン(民主党アメリカ大統領二人目のノーベル平和賞受賞)の「全会一致でない」という詭弁によって退けられた。

 

『告日本国』

ポール・アントワーヌ・リシャール(野口薔薇・大川周明訳 真実史観訳)

 

 曙の子ら海原の子らよ、華と焔「ほむら(炎)」の国、

 力と美の国の子らよ聞け。

 涯(はて)しなき海の渚の波が、

 日出づる国の島々を褒めたたうる栄誉の歌を。

 汝(なんじ)の国に七つの栄誉あり。

 ゆえにまた七つの大業あり。

 さらば聞け

 その七つの栄誉と七つの使命とを。



 一、 独り自由を失はざりし亜細亜唯一の民よ、

   汝こそ亜細亜に自由を与うるべきものなれ。

 

 二、かねてより他国に隷属せざりし世界唯一の民よ

   この世のすべての隷属の民のために、立つは汝の使命なり。

 

 三、かねてより滅びざりし唯一の民よ、

   すべての人類幸福の敵を滅ぼすのは汝の使命なり。

 

 四、新しき科学と古き知恵と、欧羅巴(ヨーロッパ)の思想と亜細亜の思想とを、

   なる心に統一する唯一の民よ、これ等二つの世界

   来(きた)るべきこの世のこれらの二つを統合するは汝の使命なり

 

 五、流血の跡なき八百万(やおよろず)の神をもてる唯一のよ、

   すべての神々を統一して、

   更に神聖なる真理を発揮するは汝なるべし。

 

 六、建国以来一系のすめらぎ(天皇)、永遠に亘る一人のすめらぎ(天皇

   を奏戴「ほうたい(謹んでいただく)」する唯一の民よ、

   汝は地上の万邦「ばんぽう(あらゆる国)」に向かって、

   人は皆一天(造物主)の子にして天を永遠の君主とする

   一つの国を、建設すべきことを教えんがために生まれたり。

 

 七、万邦に優れて統一ある民よ、

   汝は来たるべきすべての統一に貢献せんがために生まれ、

   また汝は戦士として人類の平和を促(うなが)さんために生まれたり。

 

 曙の子ら海原の子らよ、

かくの如きは華と焔(ほむら)の国なる汝の、

七つの栄誉、七つの大業なり。

  完





 EU欧州白人連合に対し、AUアジア有色人連合では、悲惨な歴史の繰り返しとなるだけである。I(インド洋)P(太平洋)U連合(アジア・アフリカ・オーストラア・南北アメリカIP諸国)が公道。アメリカ(白人7割)の選出はその兆し。唯一アジアに残った人類の敵、唯物覇道捏造の凶産と、捏造主義国破壊が第一歩である。

posted by xxx at 23:35| 日本国民の心得 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真実史観D

正体自己保身洗脳者なのだが教授先生の言なので

先人以後の国民は皆洗脳された

 なぜ、いとも簡単に洗脳されたか?未曾有の復興を成し遂げるほど復興に没頭したため、戦前の教授(公)と戦後の復職教授(私利私欲)の中身が異なっているのに気付けず、戦前同様に崇めてしまったのが原因である。捏造を国是とし思想戦展開中の中国凶産ソ連韓半島罪日(同胞虐殺ベスト3)の捏造政権は、この日本真空時代に付け入り、恫喝(中国)“泣き売”(韓半島罪日)で金をせしめ分断した。

 こうして凶産を語れない丸暗記能力のみ優れた検証能力皆無の半端者が日本の仮想界(文系教授教師司法官政治家官僚役人作家評論家NHK民放新聞社出版社通信社等)を征服し、現実界から乖離した。全員ペーパードライバーの証拠は、65年間もの無検証。考えないからこうなった。国民が考えない国家は滅ぶ見本である。戦国時代凶産党邪会党を隠蔽するエセ識者がのさばり、善いとこ盗りする者(屠殺せずに焼肉食う者。日教組、宗教党、民主党、共産党、土井たか子、辻本清美等)が跋扈する世と成った。大江司馬筑紫田原鳥越平和団体のような善いとこ盗りする、(現実には役立たず)盗賊偽善者が幅を利かした。戦後65年は、国無き私欲が洗脳した真空時代と言える。

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真実史観C

覚悟した者としない者とに分断された

 鴨志田静(1996年95歳で永眠)水戸美容専門学校初代校長は、敗戦後の1946年、夫(52歳)が国民党軍に捕まったと聞くと、当時45歳の妻静は髪を切り、顔に泥を塗り、服装も男の格好をして、ロシア人で満員の列車に単身飛び乗り助けに向かった。救出はしたが、コレラ罹病の夫は、救出2日で他界、奉天で野辺送りをし、お骨にして日本に持ち帰った。水戸の神埼寺にご夫妻は眠っている。「甘粕正彦乱心の広野・佐藤眞一著」で読んだ。すさまじい覚悟である・・・

 前述のように事実を知っている先人は洗脳されず、復興に専心し日本の隆盛を成した(トヨタホンダ松下SONY東芝日立等々)。1945年6月制定の義勇兵役法で、男子15〜60歳、女子17〜40歳までを国民義勇戦闘隊に編成し、本土決戦に備えたが、終戦後廃止。以後男子14歳、女子16歳以下の子供たちは皆洗脳されて、覚悟した者と洗脳された者とに分断された。当時20歳の橋田壽賀子は、青酸カリを個人的に入手、所持していたことを2010年(85歳)告白した。分断後の子供たちは、善いとこ盗りしつまみ食いする仮想界と、清濁併せ呑む現実界に分かれた。捏造に気づいても現実界には検証時間と成す術が無く、無駄な時が流れた。

ネット時代が到来し、満を持した現実界覚醒者は、資料を開示し合い、手弁当で検証に励んだ。結果、歴史はくつがえり、いまだに戦時下のロシア中国凶産韓半島罪日スパイの、戦争行動が現出した。65年後の現在、被洗脳者は80歳以下の人(考えずに洗脳された真空人間)が該当する。


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真実史観B

屠殺せず肉食えると考える実技無き亡国奴復職教授らは、戦前戦中(祖国存亡の危機時)も戦後も、下善上善労使協調の分業を、下善上悪と差別化し言い換え、凶産を共産と、邪会を社会と捏造カルト 教を共産主義社会主義と教えた。先人が人類史上最初に凶産と喝破したWW2元凶凶産党を、邪会党を野放しにし、復興した日本を真空にし、存亡の危機に追い込んだ元凶は、東大を筆頭とする文系赤化教授だ!

 被害者赤紙で徴集玉砕死の国民(下善)、加害者極悪軍人(上悪)WGIP に、真っ先に便乗したのが戦中に非国民で追放され戦後復職の、ほんの一つまみのお坊ちゃま空論教授や出版社(岩波書店 等)の、亡国奴である。占領軍を解放軍と呼んで迎合、戦前悪軍人悪の善悪謀略史観で、自衛を侵略、軍民を一丸を国民をだました軍隊下善上悪と、職責放棄税金泥棒亡国業の、WGIP 洗脳に励んだ。戦中の追放罪、非国民を払拭出来、得意の凶産カルト で国民を折伏もできる、まさに一石二鳥で好都合であった。

 日本最高学府東大とマスコミの洗脳である、学生(白紙の吸い取り紙)や実技無き机上会(上司パージで突然の特進は、白紙の吸い取り紙)は瞬く間に洗脳された。復職教授の洗脳目的は、私欲(戦前の汚名挽回)のためのみである。岩波書店 岩波重雄は、出版人として初めて、終戦翌年の1946年、文化勲章を受けた。輩は独立後も続けたので、正真正銘の犯罪者である。

 吉田茂 は曲学阿世の輩と非難したが、正体は、亡国奴凶産スパイの可能性が高い。時は東西冷戦、万が一日本が凶産化しても自分だけは生き延びられる、国を売って二足の草鞋を履いたのだ。

 前述の「アメリカ 人の鑑・日本」は終戦3年後のホットな出版。スパイ無きまともな仮想界であったなら、7年後の日本独立には、真実史観が育まれ、蜂起戦争と総括出来、現代のような無残な日本にはならなかった。この一つまみの私利私欲の赤化教授らが現代日本転落の元凶である。戦中戦後をも総括出来得ず、日本独立後も自己保身のみに65年間も終始し、検証能力があったなら、蜂起戦争と総括は出来たマスコミも同罪。戦中の戦意高揚報道は、戦時下では万国共通の常識、非難するは、思考回路欠損者である。

小学生から洗脳された

 凶産復職教授に都合のよいWGIP 下善上悪(職業軍人悪、赤紙徴集兵善)を捏造し、学生を紅衛兵化し、凶産カルト の下善上悪思想で洗脳。修業中の学生は鵜呑み丸暗記、すぐさま洗脳され全国にばら撒かれた。その結果が愚民と化し騒いだ学生の、60年安保、赤軍、ハイジャック等々である。1962年からは、元憲兵が凶産に変身の槇枝元文が、日教組の委員長となり、小学生から洗脳、加勢した。美濃部亮吉都知事赤軍派などの凶産や、カルト 教信者や、日の丸や君が代拒否の、屠殺せず肉だけ食いたがる、つまみ食い教師が蔓延した。1966年の中国毛沢東 文化大革命 の紅衛兵と全く同じである。現代の文系仮想界は、その当時の被洗脳愚民化学生が占領したままである。被洗脳は脛の傷、なんと65年後の今でも総括出来ずにいる。復職赤化教授と同類、亡国より己が大事、唯物私欲との自白である。

戦後復職した凶産半端者私欲教授の戦後教育の結果

表音鵜呑み記憶の教授とマスコミと寄生虫と政治や

 分業と統括は社会の仕組みで、分業と統括の立場の相互理解で成立する。戦国時代の戦前戦中は皆分をわきまえ、お互いの分業を認識し合っていた。(友愛会)。職業の上下(労使)は格差差別ではなく、分業の仕組みで、統率である。統率のないものは物が出来ない。分業で物造りするのと同じで皆、分をわきまえ仕事をした。アッツ島の散華の兵も特攻兵も、苦渋の決断であることを重々知っていたから、皆逃亡もせず戦って果てた。市丸利之助硫黄島 散華直前の「ルーズベルトに与うる書」にも[我等日本人は各階級あり。各種の職業に従事すと雖(いえど)も、畢竟「ひっきょう(つまるところ)」其の職業を通じ、この皇謨「こうぼ(天皇の国家統治の方針)」、即(すなわ)ち天業「てんぎょう(天から授かった事業)」を翼賛「よくさん(たすけること)」せんとするに外ならず。我等軍人亦(また)、干戈「かんか(武器)」を以て天業「てんぎょう(国の事業)」恢弘「かいこう(押し広める)」を奉承「ほうしょう(命を受け遂行する)」するに外ならず]と、明記されている。カウラ兵の脱走自裁も同じである。戦後教育は分業を隠蔽し、上悪下善の善悪カルト 教育となった。「友愛会」に学べ!

1〜2いおうとう蜂起から大統領宛の2通の手紙その一

生きて虜囚カウラ戦陣訓に非ずアサヒル朝日捏造記事が悲劇の元凶

posted by xxx at 22:53| 日本国民の心得 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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